No.0356 コミュニケーション 『幸せの作法』 坂東眞理子著(アスキー新書)

2011.06.18

 『幸せの作法』坂東眞理子著(アスキー新書)を読みました。

 本書も、大ベストセラー『女性の品格』の著者による本です。「働く女性に贈る61のヒント」というサブタイトルがついています。

 じつは、この本、北九州市の小倉にある「ブックセンター・クエスト」で2ヵ月ほど前に平積みにされていました。そのとき、わたしは「おっ、新刊かな」と思い込んで、早速購入しました。実際は新刊というにはちょっと古く、2009年9月の刊行でした。

 じつは、もうひとつ、本書の購入に関しては錯覚がありました。なんと、著者をホラー小説家である「坂東眞砂子」と間違えていたのです! ここのところ坂東真砂子のホラー・ワールドに浸っていたことは御存知かと思いますが、おどろおどろしい伝奇小説の作者が果たしてどのような幸福論を語るのかと興味を引かれたのです。しかし、まったくの人違いでした。それにしても、「坂東眞理子」と「板東眞砂子」って紛らわしいですよね。一番のポイントになる「眞」の字だって同じだし・・・・・。関係ないですけど、御本人同士は互いの存在についてどう思っているのでしょうか?

 そんなわけで、大いなる誤解から購入してしまった本書でした。でも、読んでみると、非常に参考になる名著でした。わたしにもそういう部分があることを認めますが、ベストセラーになった本は読まないとか、ベストセラー作家の新刊は読まないといった読書人がよくいます。おそらく、自分の読書を世間の流行に振り回されたくないという思いからでしょう。

 しかし、売れる本を書く人というのは、やはり説得力のある文章を書くものですね。わたしは本書を読んで、それを痛感しました。

 本書の目次構成は、次のようになっています。

「はじめに」 ~「幸福」になりたいなら「幸運」を望んではいけない

Ⅰ 人生の作法 ~幸せを自分で築き上げるために
第1章:「結婚と仕事」で迷ったとき
第2章:仕事とは何かを考える
第3章:仕事に向う姿勢を整える

Ⅱ 日常の作法 ~気持ちよく働くために
 第4章:職場で心がけたいこと
第5章:職場のタブー
第6章:職場での「立ち位置」の作法

「おわりに」~「ふつうの幸せ」を手に入れるのが、実は一番難しい

 本書は、「幸福」についての本です。「はじめに」には次のように書かれています。

 「『幸福』を考えるときに、まず忘れてはならないのは『幸福とは非常に主観的なものだ』ということ。そしてもうひとつ、『幸運』を『幸福』と勘違いしてはいけないということです」

 たとえば、「たいした努力もせず、忙しい思いもせず、素敵な人に出会って愛され、子供に恵まれる」という「幸運」を「幸福」と勘違いしてはいないかと著者は問います。世の中にはそんな女性もいるかもしれませんが、ただの「偶然」に過ぎません。話をよく聞けば「幸運」でさえないかもしれないとして、著者は次のように述べます。

 「どうも女性は、『幸福』よりも『幸運』をうらやましがるようです。幸福がとても主観的なものだとなんとなくわかってはいても、『ラッキー』に見える人を、『あの人は幸せよねえ』とうらやんでしまうのです」

 そして、「この気持ちは捨てたほうがいいでしょう」と喝破するのです。本書でキーワードとなるのは、「スタンダードな幸せ」です。著者は、以下のように述べています。

 「一昔前、社会的な男女の『スタンダードな幸せ』は、男性が外で働き女性は家庭を守るというものでした。『サラリーマンと専業主婦』という『標準家庭像』です。その後、『子供ができるまでは共稼ぎ』『子供が大きくなったら再就職』がスタンダードに見えた時代もあります。しかし、こうしたものは、男性が終身雇用制、年功序列の日本型企業に勤めていて、男女ともにいわゆる『適齢期』に結婚し、結婚が『永久就職』とされていた時代の話です。日本企業の教育も人事異動も、税制や社会保障まで、この『標準家庭』を前提としていました」

 しかし、時代は変化し、もはや「スタンダード」といえるものはどこにもありません。

 著者は、「女性が、さまざまな岐路に立ち、結婚や仕事をめぐって迷うのは当然です。それは女性が弱いからでも決断力がないからでもありません。この時代に、迷わないほうがおかしいのです」と断った上で、「幸福はとても主観的なものです。他人の『幸せ』が自分の『幸せ』とは限らないのです。どれだけお金があっても満足できないし、昇進も上を見ればキリがありません。誰かをうらやみ、周囲に幸福が落ちていないことを嘆かないでほしいのです」と述べています。

 流行語となった「負け犬」や「おひとりさま」についても、本来は主観的な幸福についてのポジティブな考え方でけっして悪い意味ではなかったと分析しています。

 さすが女子大の学長を長く経験し、大ベストセラー『女性の品格』を書いただけあって、著者の視点は女性のさまざまな問題を的確にとらえています。たとえば、ワーキング・マザーの苦労について次のように述べます。

 「働くお母さんは本当に大変です。保育園に預けたくても空きがない、預けられても毎日『お迎えの時間』までに仕事を終わらせなくてはならない、昼間でも熱を出せば迎えに来てほしいという電話が入る、お迎えをあてにしていた夫が急な出張で留守にする・・・・・・などなど、日常的に数え切れないほどのプチトラブルが発生します」

 これは自身がワーキング・マザーであった著者自身が経験したことでした。

 ほんの2、3年のことなので過ぎてしまえばあっという間ですが、「渦中」の当事者は毎日が綱渡りです。「いつまで続くぬかるみぞ」という感じなのですが、著者は「でも、覚えておいてください」と言って、次のように述べます。

 「忙しいのはほんのひととき。確実に子供は大きくなります。気がつくといつの間にか風邪も引かなくなり、呼び出しも少なくなり、ひとりでお留守番ができるようになります。それに、専業主婦のお母さんよりも子供と一緒にいる時間が少ない分、一緒の時間が濃密にもなるかもしれません」

 そして、「いくら忙しくても、接する時間が短くなりがちでも、子供にそれを謝らないことです」という非常に貴重なアドバイスをするのです。

 なぜ、子どもに謝ってはいけないのか。著者は言います。

 「子供が知っている『ほかのお母さん』=スタンダードと違うことを詫びるのではなく、
 『お母さんは仕事をしているから将来仕事をするときにはたくさんアドバイスをしてあげる』『お母さんにはいろんな友人がいるんだ』
 『ちゃんと仕事をしていると、ちゃんとお金ももらえるのよ』
 とポジティブな見方を伝えましょう。『こういうスタイルもいいでしょう?』『ちょっと違っていて面白いでしょう?』という方向に、なるべく子供を巻き込んでいく気持ちも必要です」

 これには、男性であるわたしも大いに共感しました。

 さらに、働く女性は子どもを自分の母親に預けがちですね。ここでも、著者は次のようにアドバイスします。

 「女性が仕事と家事や育児の両立に一生懸命になっているときは、親の気持ちまで考えている余裕がなくなってしまいがちです。けれども、まだ手のかかる小さな子供を預かってもらうときに、母親の都合をまったく考えず『だって私は忙しいの。お母さんヒマでしょ』は、禁句です。絶対に言ってはいけない言葉です。
 喜んで娘を応援し、毎日子供を預かり、保育園の送り迎えから食事の世話まで手伝ってくれるように『見える』お母さんもいるでしょうが、それでも、そうしたことを当然のことように思ってはいけません」

 著者は、「母親に世話してもらったら、ささやかでいいですから、手伝ってくれたことに対する対価を支払うべきだと私は思っています」とさえ述べています。この意見を、わたしは卓見であると思います。

 しかし、本書は女性の読者にだけ読ませるのはもったいない本です。男女の性別などを超越した金言がズラリと並んでいるからです。たとえば、以下のような言葉が印象に残りました。

 「上司にとって、もっとも評価できる部下とは、『言われたとおりにできる人』ではありません。いい提案ができる部下がベスト評価になります。上司も『これで正しいのだろうか』と内心不安を持ちながら、『孤独な決断』をしているときが多いのです。『そのやり方は間違っています』という『指摘』ではなく、上司の立場で考えてみて『この仕事はこういう視点でやったほうがベターではないか』と、生産的な提言をできる部下がもっとも頼りになるのです」

 また、以下のような指摘も本書の中で何度か出てきます。

「『全員から褒められる』『全員から好かれる』ことなど、目指す必要はないのです。気の合わない人にまで好かれる努力などムリにする必要はありませんし、なすべきことに礼儀正しくきちんとした態度で接するだけでいいのです。私は、礼儀というのは、親しくない人と接する際の武装だと思っています」

 この「礼儀武装論」など、『人間関係を良くする17の魔法』(致知出版社)でわたしが強く訴えたことでもあり、大いに共感させられました。さらに、今流行の「人脈つくり」についても、著者の金言が光ります。

 「率直に言えば、社会人になって5年未満、もっと厳しく言えば20代のうちは、『社外のビジネス人脈』というのは、つくろうと張り切っても効果は少ないと思います。自分が与えるものを持っていないときには、相手から本当に重要なものをもらうことはできません。つまり、相手にとって『利用価値がない』からです。もちろん、創業者あるいはアーティストなど20代でも自分の価値をすでにつくり上げた人は別です。
 人脈とは、自分が相手の人脈にもなったときに初めて機能します。フィフティ・フィフティの関係でなければ成立しないものです」

 「あとがき」で、著者は「ふつうに働きふつうに暮らす、穏やかで平凡な、ふつうの幸せが手に入ればいい」という女性が多くなってきていることに触れ、次のように述べます。

 「今の日本には、起業家や成績全国ナンバーワンを誇るセールスウーマンなどの、大輪の花火のように華やかでまばゆい働き方をしている人の情報があふれています。でもほとんどの女性は、毎日コツコツと地道に働いています。そういう女性はなかなか目立たず評価もされにくく、幸せの実感も沸きにくい。ふつうに働く『幸せのロールモデル』がなく、もしかしたら本当の自分が別にいるのではないかと、自分探しをしてしまうのも無理のないことです。『ふつうの幸せ』を手に入れるのが、実は一番難しい。今は、そんな時代なのかもしれません」

 最後に、すでに『女性の品格』という代表作があるにもかかわらず、本書を書いたのか。著者は、次のように本書を刊行した理由を述べています。

 「とかく、ふつうのOLなんてつまらない、恋愛しないと女性は輝かない、自分らしさを発揮しなければ生きている甲斐がないと思い込んでいる女性もいますが、それは人それぞれです。安定した職業があるのはどれほど恵まれたありがたいことか、結婚相手は気が合うのが一番、自分らしさを発揮する前にしなければならないことを誠実に行い周りの人と協力できるという、当たり前なことがどれほど大事か。そういうことを、いろいろな視点からアドバイスしています。また女性も仕事をするのが当たり前になってきた今日、もう女性ならではとちやほやされることもなく、特別の大成功を目指すこともなく、頼りになるチームの一員として周囲と安定した関係を創り協力していくうえでのノウハウも、自分の経験から書き連ねてあります」

 本書は、OLの方々はもちろん、専業主婦の方々にも大いに読んでほしい名著です。女性が幸福になるための本質的なことが正直に書かれていますので、これから社会に出る女子大生なども読むべきだと思います。

 もちろん、大学1年生であるわたしの長女にも読ませたいと思います。世の男性も、本書を読んで絶対に損はしません。いや、こんなに女性の気持ちがよくわかる本もなかなかないでしょう。

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