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愛しの座敷わらし(上・下巻)』

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No.0362

 

 『愛しの座敷わらし』上・下巻、荻原浩著(朝日文庫)を読みました。

 

 「ジェントル・ゴースト・ストーリー」の流れを汲む作品です。文章は非常に読みやすく、上・下巻2冊の文庫本は一晩で読めました。この作品は、「朝日新聞」紙上で2007年1月から11月まで連載されました。


 上巻の帯には、「家族こそが、いちばんの宝もの! ほんとうの幸せを届ける希望の物語」と書かれています。 また下巻の帯には、「不思議なわらしが元気をくれる! 新たな一歩が踏み出せる再生の物語」と書かれています。


 この簡潔なキャッチコピーが、そのまま内容の要約となっています。この作品には、ある家族が登場します。父、母、長女、長男、祖母の5人家族です。


 父は、会社では万年課長で出世コースから外れ、家でも居場所がありません。母は、子育てと姑の世話に疲れ、家庭を顧みない夫に不満を抱いています。長女は、対人関係に悩み、本当の友だちがいません。長男は、持病の喘息のせいで過保護に育てられてきました。そして祖母は、夫の死後、生きる気力が湧いてきません。認知症の疑いさえあります。


 わたしが感心したのは、この5人家族が抱えている問題が、現代日本人にとっての問題をほとんどカバーしていることです。特に、認知症かもしれない老人の心理描写が見事で、さすがに認知症をテーマとして映画化もされた『明日の記憶』の著者の作品だなと思いました。


 さて、この色々と問題を抱えた一家は、父の左遷によって、東京のマンションから田舎の一軒家へと引っ越します。その家は、なんと420坪もある民芸館のような古民家でした。そして、この家には不思議な5歳くらいの子どもが棲みついていました。


 この子の正体は、なんと座敷わらしでした。この座敷わらしとの出会いをきっかけに、一家は家族の絆を取り戻していき、本当の幸せに気づきます。最初は億劫だった隣家との関係も、あることを機に良好になります。


 夕食にとんかつを作ったものの、ソースがなかったのです。スーパーはおろか、コンビニでさえ遠い田舎の一軒家。母は思い切って、隣家のおばあちゃんに「とんかつソースを貸して下さいませんか」と頼むのです。このソースの貸し借りがきっかけとなって、両家は一気に親しくなりました。


 わたしは、これを読んで「なるほど」と思いました。簡単に買い物に行けないような不便な環境にあれば、隣人との仲は良くなるのだと。都会では、どこでもコンビニがあるので、基本的に調味料や食材の貸し借りの習慣が消えてしまったのだと。


 この小説には、家族という「血縁」と隣人という「地縁」の理想の姿が描かれています。妙なキャンペーンを開始し、東日本大震災の発生によってウヤムヤのうちに終わらせた(?)朝日ですが、ちょっと前にはこんな素晴らしいアンチ「孤族」の物語を連載していたのですね。


 さて、この物語の主役ともいうべき座敷わらしですが、非常に可愛らしいイメージで描かれています。祖母は幼き頃の亡き弟を思い出し、母は心を病んだと思い込み、長女はただ悲鳴をあげます。しかし、弟か妹が欲しかった小学校4年生の長男だけは大喜び。


 座敷わらしにハイチュウやクッキーをあげようとしたり、オセロで遊んであげようとするのですが、どうも食べ方や遊び方がわからない様子です。その理由を知り、涙した読者も多かったのではないかと思います。


 そう、座敷わらしには悲しい秘密があったのです。このあたりは『押入れのちよ』から続く、著者の真骨頂だと思いました。


 一家は、隣家のおばあちゃんの姉にあたる人から、座敷わらしの由来について聞きます。そして、それまでは怖がっていた座敷わらしがとても愛おしくなるのです。バラバラだった一家の心が一つになった瞬間でした。


 座敷わらしには、福の神とか、妖怪とか、精霊とか、子どもの幽霊とか、いろいろな解釈があります。その正体はともかく、座敷や蔵に住んでいるとされています。


 主に岩手県を中心に東北一帯に伝えられていますが、家人にいたずらを働く一方で、その姿を見た者には幸運が訪れます。


 また、家に富をもたらし、座敷わらしの去った家は滅びるなどの伝承があります。座敷わらしを全国的に有名にしたのは、柳田國男の『遠野物語』でした。


 その17話と18話に「ザシキワラシ」または「座敷ワラシ」の表記で話が掲載されています。「この神の宿りたまふ家は富貴自在といふことなり」「ザシキワラシは座敷童衆なり」との記述があります。また柳田は、『石神問答』でも座敷わらしを取り上げています。


 岩手県出身の宮沢賢治も、座敷わらしに魅せられた人です。賢治は、雑誌「月曜」大正15年(1926年)2月号に、『ざしき童子のはなし』(ざしきぼっこのはなし)という童話を書いています。賢治の数少ない生前発表童話の1つとして知られています。賢治はシャーマン的体質の持ち主でした。賢治には実際に座敷わらしが見えていたのではないかと、わたしは思います。


 座敷わらしが出てくる物語とえいえば、『ユタとふしぎな仲間たち』を思い出します。三浦哲郎の小説で、1971年に新潮社の「新潮少年シリーズ」として刊行されました。このシリーズは全10巻でしたが、わたしがすべて持っていました。


 星新一の『誰も知らない国で』とか新田次郎の『つぶやき岩の秘密』など、わたしの小学生時代の愛読書揃いでした。『ユタとふしぎな仲間たち』も何度も読みました。1974年には、NHK少年ドラマシリーズでドラマ化されています。また77年には、劇団四季が「ユタと不思議な仲間たち」としてミュージカル化しましたね。『遠野物語』と並んで、この『ユタとふしぎな仲間たち』が「座敷わらし」をメジャーにした功績は非常に大きいのではないかと思います。


 その後、座敷わらしはちょっとブームになり、岩手県観光のシンボル的存在になりました。「座敷わらし会える宿」として、「緑風荘」「菅原別館」「わらべ」といった岩手県の旅館が雑誌やテレビ番組などにも取り上げられました。特に緑風荘が有名で何度もテレビに登場しましたが、残念なことに火事で消失しています。


 緑風荘では多くの宿泊客が座敷わらしを目撃したそうです。体験談などを聞くと、どうやら「オーブ」と呼ばれる光の玉のようです。わたしは遠野で写真を撮影したところ、不思議な光の玉が映り込んでいたことがあります。


 遠野物語記念館の座敷わらしを紹介した部屋で写真を撮ったのですが、わたしの左肩の上方に2つのオーブが見えます。奇しくも、その場にいた人が「座敷わらしの部屋では、よく光の玉が写るんですよ」と言っていました。


 最後に、座敷わらしの棲み処は東北です。ぜひ、大震災後の復興のために、座敷わらしの福をもたらしていただきたいものです。


 『愛しの座敷わらし』は映画化され、2012年のゴールデンウィークに全国ロードショーされるそうです。主演の水谷豊さんが下巻の最後に「解説」を書いているのですが、これが非常に名文です。水谷さんは、「読み終わって僕が感じたものは、まるで清々しい風だった。幸せとはこういうことなのか・・・・・と思わせるような」という書き出しで、この小説の素晴らしさを見事に語っています。


 また、映画版「愛しの座敷わらし」について、次のように書いています。


 「この映画では、本来、目に見えないはずの二つのものに出会えるはずだ。その一つはもちろん『座敷わらし』。スクリーンに映る座敷わらしは、あなたが想像している姿と同じだろうか? そしてもう一つは『幸せ』という形にはならないものだ。何を幸せと感じるかは人それぞれで、一概に『是だ』と言えるものではない。ふとした瞬間に感じるものだし、ましてや他人から与えられるものでもないだろう。それでも、この映画からは、普遍的な『幸せ』があなたのもとに届けられると信じている」


 この水谷さんの文章を読んで、『サンタクロースっているんでしょうか?』のことを連想してしまいました。そして、サンタクロースと座敷わらしは似ていると思いました。洋の東西は違いますし、老人と子どもという姿も正反対ですが、ともに「目に見えないはずのもの」であり、「幸福」の別名でもあるからです。わたしは、座敷わらしとは日本のサンタクロースだと思います。