No.0318 人生・仕事 『日本一心を揺るがす新聞の社説』

2011.05.02

 『日本一心を揺るがす新聞の社説』水谷もりひと著(ごま書房新社)を読みました。

 「それは朝日でも毎日でも読売でもなかった」とのサブタイトルがついています。発行部数1万部という「みやざき中央新聞」の人気社説を集めた本です。読者数も1万人なら、社説に感動して涙した人も1万人だそうです。

 本書には、同紙の編集長である著者が、多くの講演や日々のニュースに対して限られた文章に想いを込めて書いた社説41編を収められています。著者は、かつて大学の先生から「お宅の新聞の社説は、社説じゃない。哲学がない」と酷評されたそうです。

 人間の心には、「知・情・意」という3つの機能があります。「知」は知性、「情」は情感、「意」は行動を起こす意思とされています。著者は、「哲学とは、これらのうち人間の知性に訴えるもの」だと気づきます。

 行動を起こすのは「意思」であり、その「意思」に大きな影響を与えるのは思想です。市民活動や社会運動には「われわれは正しいことをやっている」という誇りとともにある思想がバックボーンにあることにも気づきました。

 最後に残ったのは「情」です。著者は、「元来、情報とは情感を刺激するものだから『情報』なのである。情報を得て、何を知ったかではなく、何を感じたかが大事なのだ。だから情報は、報道の『報』も上に『情け』を乗せている。『情け』とは人間味のある心、思いやり、優しさ、情報は常に『情け』を乗せて発信したい」と述べ、「ジャーナリズムは『知』ではなく「情」を愛する媒体でいいと思う」と言い切ります。

 「情報」のとらえ方については、わたしも以前から発言してきました。

 もう何十年も前から「情報化社会」が叫ばれてきましたが、疑いもなく、現代は高度情報社会そのものです経営学者ピーター・ドラッカーは、早くから社会の「情報化」を唱え、後のIT革命を予言していました。ITとは、インフォメーション・テクノロジーの略です。ITで重要なのは、もちろんI(情報)であって、T(技術)ではありません。その情報にしても、技術、つまりコンピュータから出てくるものは、過去のものにすぎません。

 ドラッカーは、IT革命の本当の主役はまだ現われていないと言いました。それでは、本当の主役、本当の情報とは何でしょうか。日本語で「情報」とは、「情」を「報(しら)」せるということ。情はいまでは「なさけ」と読むのが一般的ですが、『万葉集』などでは「こころ」と読まれています。わが国の古代人たちは、こころという平仮名に「心」ではなく「情」という漢字を当てました。求愛や死者を悼む歌で、こころを報せたものが『万葉集』だったのです。

 すなわち、情報の「情」とは、「心の働き」に他なりません。本来の意味の情報とは、心の働きを相手に報せることなのです。

 では、心の働きとは何か。それは、「思いやり」「感謝」「感動」「癒し」といったものです。真の情報産業とは、けっしてIT産業のことではありません。読者を感動させる社説が載っている新聞を発行することも立派な情報産業なのです。

 たとえば、本書のカバー折り返しには次のような社説の一部が紹介されています。

 今年の6月のある日のこと、小学校1年生の三女、こはるちゃんが学校から帰ってくるなり、嬉しそうにこう叫んだ。「お父さ~~ん、今日の宿題は抱っこよ!」

 何と、こはるちゃんの担任の先生、「今日はおうちの人から抱っこしてもらってきてね」という宿題を出したのだった。

 「よっしゃあ!」と、平田さんはしっかりこはるちゃんを抱きしめた。

 その夜、こはるちゃんはお母さん、おじいちゃん、ひいおばあちゃん、2人のお姉ちゃん、合計6人と「抱っこの宿題」をして、翌日、学校で「抱っこのチャンピオン」になったそうだ。

 数日後、平田さんはこはるちゃんに聞いてみた。

 「学校のお友だちはみんな抱っこの宿題をしてきとったね?」

 するとこんな悲しい答えが返ってきた。「何人か、してきとらんやった。」

 でも、世の中、捨てたもんじゃない。次に出てきた言葉に救われた。

 「だけん、その子たちは先生に抱っこしてもらってた」

 ステキな先生だなぁと思った。

 (「抱っこの宿題」、忘れんでね!)

 また、本書の冒頭「感謝 勇気 感動の章」には、次のようなエピソードが・・・・・。

 食肉加工センターの坂本さんの職場では毎日たくさんの牛が殺され、その肉が市場に卸されている。牛を殺すとき、牛と目が合う。そのたびに坂本さんは、「いつかこの仕事をやめよう」と思っていた。

 ある日の夕方、牛を乗せた軽トラックがセンターにやってきた。しかし、いつまで経っても荷台から牛が降りてこない。坂本さんは不思議に思って覗いてみると、10歳くらいの女の子が、牛のお腹をさすりながら何か話し掛けている。その声が聞こえてきた。

 「みいちゃん、ごめんねぇ。みいちゃん、ごめんねぇ……」

 坂本さんは思った、「見なきゃよかった」

 女の子のおじいちゃんが坂本さんに頭を下げた。

 「みいちゃんはこの子と一緒に育てました。だけん、ずっとうちに置いとくつもりでした。ばってん、みいちゃんば売らんと、お正月が来んとです。明日はよろしくお願いします…」 

 「もうできん。もうこの仕事はやめよう」と思った坂本さん、明日の仕事を休むことにした。

 家に帰ってから、そのことを小学生の息子のしのぶ君に話した。

 しのぶ君はじっと聞いていた。

 一緒にお風呂に入ったとき、しのぶ君は父親に言った。

 「やっぱりお父さんがしてやってよ。心の無か人がしたら牛が苦しむけん」

 (心を込めて「いただきます」「ごちそうさま」)

 その他、わたしも感動した映画を取り上げた「映画『山の郵便配達』に観た親子の絆」、口蹄疫の真実を描いた「殺さなければならなかった理由」、そして最後に紹介されたエピソード「心残りはもうありませんか」も良かったです。

 有名な人、無名な人、いろんな人が出てきますが、さまざまな人生が織り成す「ちょっといい話」がたくさん詰まった1冊です。読んでいると、なぜかポカポカ温かくなってきます。きっと、「こころの風邪薬」とは、こういう本のことなのでしょうね。

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