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PRAY FOR JAPAN』

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No.0323

 

 『PRAY FOR JAPAN』prayforjapan.jp編(講談社)を読みました。

 

 東日本大震災後のツイッターの言葉を集めたものです。この読書館でも取り上げた『祈りと希望』と趣旨は同じですが、本書には多くの写真も掲載されています。


 2011年3月11日14時46分に東日本大震災が発生しました。それから、わずか12分後の14時58分に、日本の地震のニュースを知った英語圏の男性が「prayforjapan(日本のために祈る)」とツイッターに投稿しました。


 この投稿以後、ツイッターをはじめ、フェイスブックやインスタグラム(写真共有サービス)などのソーシャルネットワーキングサービス(SNS)には、世界各地から日本への祈りの言葉や応援のメッセージ、写真などが届き始めました。いずれも、キーワードは「prayforjapan」でした。その数は、じつに24時間で数十万件を超えたそうです。


 大震災の夜、栃木県北部の停電中の一時避難所で、あるWebサイトが生まれました。20歳の大学生が立ち上げた「prayforjapan.jp」というサイトです。彼は、サイトを立ち上げることによって、世界的な日本支援の動きをわかりやすく目に見える形にしたのでした。このサイトでは、海外からの応援メッセージだけでなく、インターネットに投稿された人々が助け合っていた様子、親子の心の交流、家族を想う気持ちなど、日本で起きた心温まるエピソードも紹介されました。


 本書には、そんな言葉がたくさん掲載されています。 「祈りと希望」実行委員会編(経済界)の言葉もほとんど重複して紹介されていますが、ここではそれ以外で、わたしの心に残ったものを紹介したいと思います。なお、それぞれのメッセージの冒頭には、「 〉〉〉 」の後にタイトルがつきます。



〉〉〉今、この瞬間も
停電すると、それを直す人がいて、
断水すると、それを直す人がいて、
原発で事故が起きると、それを直しに行く人がいる。
勝手に復旧してるわけじゃない。
俺らが室内でマダカナーとか言っている間
寒い中、死ぬ気で頑張ってくれてる人がいる。



〉〉〉誇り
自宅は流されて自分は避難所にいるのに、
店が大丈夫だったかた、って
無料でラーメンをふるまっている
ラーメン屋さん・・・
日本ってこんなに皆、温かい・・・
日本に生まれたことを誇りに思う。



〉〉〉これがあったから頑張れた
昨日4時間かけて歩いて帰ってきた主人。
赤羽で心が折れそうになってた時
「お寒い中、大変ですね!
あったかいコーヒーどうぞ!」って
叫びながら無料配布してる
おっちゃんに出会った。
これがあったから頑張れたそうだ。
もう5回もこの話をしてくるので
本当に嬉しかったんだと思う。
おっちゃんありがとう。



〉〉〉温かい国
4時間の道のりを歩いて帰るときに、
トイレのご利用どうぞ!
と書いたスケッチブックを持って、
自宅のお手洗いを開放していた女性がいた。
日本って、やはり世界一、温かい国だよね。
あれみた時は感動して泣けてきた。



〉〉〉避難所で見た誇り
避難所で、4人家族なのに
「分け合って食べます」と3つしかないおにぎりをもらわない人を見た。
凍えるほど寒いのに、
毛布を譲り合う人を見た。
きちんと一列に並んで、
順番を守って物資を受け取る姿に、
日本人の誇りを見た。



〉〉〉思い出す母の言葉
亡くなった母が言っていた言葉を思い出す。
「人は奪い合えば足りないが分け合うと余る」。
被災地で実践されていた。
この国の東北の方々を、日本を、誇りに思います。



〉〉〉未来を引き継いで
中三の少年と父親が自転車で、
知り合いたちの安否確認のために移動していた。
たぶん震災前は、少年も父も繰り返し反抗していたのだろう。
だが、父は父として力強く、少年は、そんな父を慕っていた。
苦難の中では大人の経験が頼りになる。
被災地の父よ、母よ。

子どもたちに未来を引き継いで欲しい。



〉〉〉「絆」
この地震がきっかけになって、
失いかけていた
日本人本来の良さが垣間見れた気がする。
犯罪をする様子はなく、
助け合い、律儀、紳士的。
普段日本人は冷たい人が多い・・・って
個人的に感じてるんだけど、
多くの人が今回で「絆」を
取り戻しつつあるように見えて、
それがなんか感動して、泣けてくる。

 


〉〉〉誰かが一生懸命作った
じいちゃんが電話で言っていた。
『お国のために電気を消すのも
燃料を節約するのも全く苦ではない。
今回は空から爆弾が降ってくるわけではない。
放射能で汚染された野菜も肉も
誰かが一生懸命作ったものに変わりない』
号泣しました。



〉〉〉私たちの仕事
戦後は私たちの祖父や祖母が支えてくれた。
今度は私たちの番ですよね。簡単ではないけれど、
被災地の皆さん、どうか生き抜いてください。
そして被災されなかった皆さん、
今こそ団塊、ゆとり教育の世代の力を見せる時です!
戦後がむしゃらに働いた人達が
作ってくれたこの日本を直すのは私たちの仕事だと思います。
がんばりましょう!



 どれもこれも目頭が熱くなるメッセージばかりですね。特に、わたしは「夜の暗さ」についての言葉が印象に残りました。暗い夜というのも、なかなか味わいがあります。ここで紹介する2つの言葉は、いずれも夜が暗いという事実に対して肯定的に向き合っている、つまり「陽にとらえた」ものです。



〉〉〉停電の夜
仙台の友の言葉。
「暗すぎて今までに見たことないくらい星が綺麗だよ。
仙台のみんな、上を向くんだ」
こんなくさいセリフが心に突き刺さった。



〉〉〉思い出しながら
病院のレストランで働いている
母から聞いた話。
節電かな?
暗いレストランで食事中の老夫婦。
ただでさえよく目が見えない老婦人。
『じーさんの顔が見えないから
昔のじーさんの顔を思い出しながら
食べる事にしましょ』だって。
なんかいいよね~。



 そして、「prayforjapan.jp」の本来の目的であった「海外からの祈り」について・・・。国連をはじめ、多くの国々が日本にエールを送り、また実際に支援に来てくれました。そんな海外から日本を想う言葉を紹介します。



〉〉〉国連からのコメント
「日本は今まで世界中に
援助をしてきた援助大国だ。
今回は国連が全力で日本を援助する。」



〉〉〉チリより
「夜の暗闇が深ければ深い程、夜明けは間近だ」
この言葉を皆さんに送ります。
信念と希望をもって困難な状況を前に
足を踏ん張って立ちあがる力を、世界に示してくれています。
皆さんなら絶対にこの闘いに勝利することができる、
そしてそのときにはもっと強くなっているはずです。
私たちは目には見えない絆でつながっている、
私たちは皆さんといつも一緒です。
心からの友情を。



〉〉〉僕は深く祈るから
イスラエル人にヘブライ語で声を掛けられた。
困っていたら知り合いのパレスチナ人が通りすがり、
通訳してくれた。
「日本は大丈夫か? 僕は深く祈るから」と言ってくれた。
パレスチナ人とイスラエル人が
握手をしている笑顔に包まれた。
涙が出た。



〉〉〉あなたの国の為に使って欲しい
インドのカルカッタにて。
いつもサダルストリートを歩いている
物乞いのお婆ちゃんと
チャイを飲んでいると
『日本はとても大変な状況なのを知っている。
私も貧しく、子供もいて大変だけど、
しばらくは日本人に喜捨を求めるのは
やめる事にする。
その分はあなたの国の為に
使って欲しい』と
言われ立ちすくんだ。



〉〉〉隣人
韓国から軍隊の支援が
午後には到着する模様。
「呼ばれなくても行くのが隣人だ」
今、軍の方がTVで言っていました。
ありがたいです。



 ここで、「隣人」というキーワードに出会いました。改めて思うのは、「隣人愛」とは「人類愛」の別名なのだということ。別に自著の宣伝をするわけではありませんが、『隣人の時代』(三五館)の最大のメッセージは「支え合い、助け合いは人類の本能だ!」ということ。本書を読んで、そのことが間違っていないと再確認しました。


 そして、もうひとつ、『隣人の時代』には大切なメッセージがありました。それは、「となりびと」とは「おくりびと」だということです。そのことを痛感するツイッターの言葉を最後に紹介したいと思います。



〉〉〉支えられて
被災地からです。
みんなの声がちゃんと届いてる!
そして隣のひとと泣いている。
ありがとう。
すぐそこでは、遺体が何百人と
うちあげられてる状況に悔しいだけ。
また悔しくて泣く。
こんなに悔しいのは人生で一番。
とにかく皆の声に支えられている!