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妖怪学の基礎知識』

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No.0337

 

 『妖怪学の基礎知識』小松和彦編著(角川選書)を読みました。

 わたしのブログ記事「シャーマニズムの未来」で紹介したシンポジウムに先日参加しましたが、そこにパネリストの1人として民俗学者の小松和彦先生が来られていました。わたしは、小松先生の著書はほとんど読んでいます。

 

 若い頃、『神々の精神史』『憑霊信仰論』『異人論』『悪霊論』『鬼の玉手箱』、 『説話の宇宙』『神隠し』『異界と日本人』『日本妖怪異聞録』、そして『妖怪学新考』などの数々の名著を読んだことがなつかしいです。


 小松先生は、同シンポジウムで基調講演をされる予定だった佐々木宏幹先生、司会を務められた鎌田東二先生と並んで、異界を研究する学者として知られています。そして、何よりも「妖怪学」の第一人者として有名です。そこで、新刊である本書を書店で見つけるや、早速購入しました。


 本書は、小松先生の純粋な著書ではなく、編著です。小松先生を含めて、8名の研究者が分担して執筆しています。小松先生の編著といえば、『日本妖怪学大全』(小学館)や『怪異の民俗学』全8巻(河出書房新社)などがよく知られていますが、どちらもわが書斎に並んでいます。


 『怪異の民俗学』は、前代未聞の妖怪研究のアンソロジーです。


 全8巻の構成は、(1巻)憑きもの、(2巻)妖怪、(3巻)河童、(4巻)鬼、(5巻)天狗と山姥、(6巻)幽霊、(7巻)異人・生贄、(8巻)境界・・・・・といった具合に、怪異・妖怪研究のすべてを網羅している一大叢書です。


 こういった大部の書物を読むことは、わたしの老後の大きな楽しみです。


 本書『妖怪学の基礎知識』では、膨大な妖怪についての研究がコンパクトにまとめられています。「はじめに」で、小松先生は「本書は、日本の妖怪文化に関する基礎的知識を概説するために編まれたものである」と宣言した上で、次のように述べています。


 コミックやアニメ、ゲームなどの現代の日本のエンターテインメントには、妖怪的存在がたくさん登場する。とりわけ水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』や宮崎駿の『となりのトトロ』などの作品を見ながら育った人たちには、妖怪はなじみ深いものがあるだろう。そして、その背景には、長い妖怪の文化の歴史が横たわっている」


 その妖怪の文化の歴史は、日本人の文化史・精神史の一角を占めるものです。それは、わたしたちの文化の一部なのです。


 それにしても、いまも都市伝説などで再生され続ける「妖怪」とは何でしょうか? 第1章の「妖怪とは何か」で、小松先生は妖怪の定義について次のように述べます。


 「『妖怪』とは何か。正直なところ妖怪を定義するのはむずかしい。文字通りに理解すれば、不思議な、神秘的な、奇妙な、薄気味悪い、といった形容詞がつくような現象や存在を意味する。私の考えでは、これはそのままでは『妖怪』ではない。あえていえば『妖怪の種』である。しかし、そうした出来事・現象を『超自然的なもの』の介入によって生じたとみなすとき、それは『妖怪』となる。これが『妖怪』についてのもっとも広い定義である」


 人間は、いわゆる怪異・妖怪現象に対して、大別して2つの態度で臨んできたと小松先生は述べます。それらの現象を人間あるいは自分たちにとって好ましいものとして説明する場合と、好ましくないものとして説明する場合です。


 たとえば、無数の未確認飛行物体が白昼の上空に出現するという現象があったとしましょう。それを人々が不思議に思います。その不思議を吉兆とみなすか凶兆とみなすか、それは社会の判断によります。そして、それを凶兆と見るとき、いわゆる「妖怪」現象ということになるわけです。


 小松先生は、妖怪文化の領域を好ましくない現象として設定した上で、その中身を3つの領域に分けることで、妖怪という言葉の意味をさぐります。3つの領域とは、①出来事(現象)としての妖怪(妖怪・現象)、②存在としての妖怪(妖怪・存在)、③造形としての妖怪(妖怪・造形)です。


 妖怪の第一の領域である「出来事」もしくは「現象」としての妖怪とは、五感を通じて把握されます。不思議な、奇妙な、神秘的な、薄気味悪いなどの思いを抱かせる出来事・現象を意味します。そのような出来事・現象が生まれてくる原因として「望ましくない超自然的なもの」の介入がイメージされることによって、それは「妖怪」となるのです。小松先生は、この妖怪の第一領域について、次のように述べています。


 「歴史的にみれば、時代をさかのぼればのぼるほど、科学的・合理的思考が未発達であったがために、さまざまな奇妙な不思議な現象を『妖怪現象』とみなす機会は多かった、と想像される。
 留意したいのは、そのような怪異・妖怪現象を、体験者が語る伝える過程で、その土地の共通体験となり、さらにはそのような怪異・妖怪現象に『古杣』とか『天狗倒し』といった『名付け』が行われることがあった、ということである。怪異・妖怪体験の共同化・共同幻想化である。その集積として妖怪文化は形成されているわけである」


 次に、妖怪の第二の意味領域は、「存在」としての妖怪です。人間を取り巻く環境の中にはさまざまな存在物があり、その中には超自然的なもの、神秘的なものが関与する存在物があると考えられてきました。


 「天狗」や「狸」も、そういった種類の存在であり、生き物でした。ここで、あらゆるものに「霊魂」が宿ると考えるアニミズム的観念を日本人が持っていることが重要になります。


 「霊魂」は「霊」とか「魂」とか「物の気」などとも表現されてきましたが、それが動物をはじめ、山や川、木や岩や水などの自然、さらには人間が発する言葉にさえも宿っていると考えられたのです。さらに小松先生は、次のように述べています。


 「好ましくない状態にある霊的存在、つまり荒れている霊的存在は、古代では、『鬼』と呼ばれることが多かった。鬼には、人間にとって好ましくない属性がなんでも託された。鬼は、人間を裏返したようなイメージで語られるとともに、好ましい霊的存在の否定形でもあった。疫病をもたらすものは鬼、天上で激しい音(雷鳴)を出すのも鬼、地獄に落ちた者を苦しめる地獄の獄卒も鬼、人間や動物の死霊・怨霊も鬼であった。いいかえれば、鬼とはさまざまな魂の『荒魂』の状態の総称であり、望ましくない霊的存在の代名詞であったわけである」


 こうした鬼と並んで、ある意味ではそれを補完する役割を担っていた妖怪もいました。すなわち、「大蛇」であり、「狐」であり、「天狗」といった妖怪たちでした。


 さらに、妖怪の第三の領域は、造形化された妖怪です。日本では早くから妖怪存在の絵画化が進められ、その文化は長い伝統を持っています。古代では、妖怪存在を造形化することはありませんでした。その理由について、小松先生は次のように述べています。


 「日本では、古来から、神社に祀り上げて鎮まっている霊的存在、つまり『神々』も、その神像を彫刻にしたり絵画に描くという習慣をもっていなかった。絵画・造形化が生じるようになるのは、仏教が持ち込んだ仏像・仏画の影響を受けてからであった。したがって、神々を造形化しないことと対応して、鬼などの妖怪的な存在の造形化もなされなかったもいえるだろう」


 さらに、小松先生は以下のように続けます。


 「妖怪の図像・造形化は、日本の妖怪文化史にとって、画期的な出来事であった。絵巻の作者やそれを享受する貴族や庶民たちは、夜の闇の奥に潜むあるいは異界からやってくる妖怪たちをなお恐れていたはずである。しかし、妖怪絵巻の多くは信仰の対象としてではなく、娯楽として制作されたので、そうした妖怪たちも徐々に娯楽の対象になり始めていたのである。おそらく、妖怪退治の物語は、人間世界の優位を物語るだけでなく、妖怪を造形化することそれ自体にも、妖怪に対する優位性が託されていたのであろう」


 この日本が誇る妖怪の造形化は、水木しげるの登場によってピークを迎えます。いまだに健在な妖怪マンガの第一人者は、現在のわたしたちが「妖怪」をイメージすることに最大の影響を与えているのです。


 本書の第8章「娯楽と妖怪」には、「江戸のポケットモンスター」という興味深い一文があります。それによれば、江戸時代にはすでに妖怪を題材とした玩具があったそうです。さまざまな妖怪の絵が描かれた「化け物カルタ」や「化け物双六」などが、「遊べる妖怪図鑑」として子どもたちに人気があったというのです。


 「化け物カルタ」といえば、水木しげるオリジナルの各種の妖怪カルタがわが書斎にあります。鳥取県・境港市にある「水木しげる記念館」で求めたものです。


 というわけで、本書には説話やお伽草子に描かれる妖怪や怪異、うわさ話のなかの妖怪、妖怪画の歴史、妖怪と娯楽の関係、妖怪の博物誌など、最新の研究成果を盛り込まれており、さまざまな視点から日本の妖怪文化を知ることができます。


 最後に、妖怪は日本だけにいるわけではありません。もちろん日本以外にも存在します。それらは「幻獣」とも呼ばれます。わたしは、かつて『世界の幻獣エンサイクロぺディア』(講談社)という本を監修しました。そのとき、海外の幻獣を「モンスター」、日本の幻獣を「化け物」と呼んで、以下のように分類しました。世界編のモンスターは、「ドラゴン」「ユニコーン」「ケンタウロス」「グール」「マーメイド」「サタン」「ウィッチ」「ヴァンパイア」「ビースト」「アンドロイド」。日本編の化け物は、「龍」「鬼」「天狗」「河童」「人魚」「狐」「狸」「猫」「蛇」「幽霊」。


 じつを言うと知恵熱が出るぐらいに考えた結果ですが、この分類、自分でもなかなか気に入っています。今度、この本を小松和彦先生にお送りしたいと思います。