No.0295 小説・詩歌 | 死生観 『悼む人』 天童荒太著(文藝春秋)

2011.03.15

 東日本大震災の発生以来、膨大な死者の情報が流れてきます。15日午前10時現在の死者・行方不明者は5593人です。今後さらに増えるでしょう。宮城県は14日午前の災害対策本部会議で、同県南三陸町から「遺体が1000体ぐらいある」として、土葬にしたいとの要望があったと報告しました。同じく約1000体の遺体が見つかった山元町からも、同じ要請があったそうです。

 まさか、この現代日本で多くの方々が土葬にされるとは思いませんでした。まったく、11日の地震発生以来、心を痛める毎日です。

 今夜は、『悼む人』天童荒太著(文藝春秋)を再読しました。

 「いたむひと」と読みます。「哀悼」や「追悼」の「悼む」です。

 本書は、第140回直木賞を受賞した小説です。

 日本全国の死者を「悼む」旅を続ける青年が主人公です。彼は、新聞記事などで知った殺人や事故の現場に出向き、死者が「誰に愛されていたか」「誰を愛していたか」「どんなことをして人に感謝されたか」を尋ね、「悼み」の儀式を行います。

 そんな彼を偽善者とする雑誌記者、彼の家族、夫を殺した女性など、さまざまな登場人物との関係が淡々と描かれています。

 静かな物語ですが、「生とは何か」「死とは何か」、そして「人間とは何か」といった最も根源的な問題が読者につきつけられます。 

 これらは、これまで哲学者たちや宗教者たちによって語られてきました。

 しかし、著者は文学の力によってこの深遠なテーマに極限まで迫っています。その点は、ベストセラーになった著者の前作『永遠の仔』(幻冬舎文庫)にも共通しています。

 本書を読んで、わたしは非常に驚きました。

 わたしが常日頃から考え続けていることが、そのまま書かれていたからです。

 それは、「死者を忘れてはいけない」ということ。

 そして、主人公の「悼む」儀式が、各地の名所旧跡で過去の死者たちのために鎮魂の歌詠みを続けるわたしの行いを連想させたからです。アカデミー外国語映画賞に輝いた「おくりびと」を観たときと同じか、それ以上の深い感動をおぼえました。

 病死、餓死、戦死、孤独死、大往生・・・・・時のあけぼの以来、これまで、数え切れない多くの人々が死んで、死んで、死に続けてきました。

 わたしたちは、常に死者と共に存在しているのです。

 絶対に、彼らのことを忘れてはなりません。

 死者を忘れて生者の幸福などありえないと、わたしは心の底から思います。

 『葬式は必要!』『ご先祖さまとのつきあい方』(ともに双葉新書)を書いたとき、執筆中わたしの頭の中にはずっと本書の存在がありました。

 この『悼む人』は、日本映画「おくりびと」がアカデミー外国語映画賞を受賞した直後に直木賞を受賞して、大きな話題になりました。日本において映画界に「おくりびと」が、文学界に『悼む人』がほぼ同時期に誕生し、日本人の「こころ」に影響を与えました。

 わたしは、これからも、あらゆる死者を「送る」ことと「悼む」ことの意味と大切さを考え続け、かつ訴え続けてゆきたいと思います。

Archives