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何のために論語を読むのか』

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No.0268

  

 『何のために論語を読むのか』孔健著(致知出版社)を読みました。

 

 著者は、孔子直系の第五家系藤陽戸75代当主として生を受けました。


 孔子家では物心がつくと同時に学問を叩き込まれるそうで、著者も4歳のときから祖父より『論語』をはじめとした「四書五経」を学んだといいます。


 著者は、本書の「はじめに ― なぜ人は学ばなければならないのか」において、現在の中国では「知本主義」という言葉が流行しており、「学問は翼、知は力」が合い言葉になっていることを紹介します。


 中国13億人の人々が、「学問と知が豊かさを運んでくる。だから学習、学習、再学習」をスローガンにしているとして、著者は次のように述べています。


 「人生において、勉強に勝る武器はありません。これは万国共通のセオリーです。しかし昨今の日本では、『勉強は嫌い』『必要最小限の勉強しかしたくない』という声が多いのが困りものです。このままでは日本は不幸への道を進むのではと心配です」


 これは、大学で日本人学生と中国人留学生とをともに教えているわたしからすると、大いに共感してしまいます。明らかに中国人留学生のほうが、日本人よりも熱心に授業を聴き、必死にノートを取ることを知っているからです。


 現代日本人の「勉強軽視の風潮」を憂う著者は、「知」の本質についても語ります。


 すなわち、「知」とは決して単なる「知識」の断片ではなく、問題や実態の全体像を的確にとらえる「知の連鎖」のことだというのです。この「知の連鎖」を獲得してはじめて、学問は翼になり、知識は力に変わるというのです。著者は述べます。


 「『知の連鎖』とは何でしょうか。読書を通して深く考察し思索を深めること、人の話を聞いて知識と見聞を広めること、そして経験によって知恵や技能、直感を磨くことです。これが正しい価値観を生む土台になるものだと、私は思います」


 その一方で、現代社会においてはスピードというものが勝負になっています。


 また、さまざまな問題が複雑に絡み合っており、その中で「知の連鎖」を確率するのは容易なことではありません。そのために、人は自ら学び、考えることはもちろん、周囲からの「知恵」のサポートを得ることが必要になります。


 しかし、本人に「資格」がなければ、いくら「助けてくれ」と叫んでも、周囲は決して知恵を動員してくれないと、著者は言うのです。


 では、著者がいう「資格」とは何でしょうか。次のように述べています。


 「資格とは『人間力』です。孔子はそれを『仁者』と定義しました。『仁者』とは第一に、どんな困難にも負けない我慢強さや根気など『信念』を持つ人であり、第二に、他人への思いやりの心があり、感動できる豊かな心を持つ人だというのです。その土台を支えるのが豊かな知識、幅広い学識で、この三つが組み合わさったものが『叡智』です。人はこれを兼ね備えた人間に共鳴するのであり、こうした『仁者』の周囲には人が集まってきます。たとえ困難な状況に直面しても、この『叡智』があれば、それを突破することができます」


 人間の幸福とは、いったい何でしょうか。いくらお金があっても、高い地位や権力を持っていても、それらは本来の人間の幸福とは無縁です。


 他人に受け入れられず、自己中心的な世界でしか生きられない人間は不幸です。


 人間の幸福とは、物質面でも精神面でも、自分自身が「素晴らしい」と心から感じるものを追い求めることです。そして、そのことが世のため人のために役立つならば、こんなに素晴らしい人生はありません。


 著者は、「孔子は、こんな『情熱』の人生を理想とし、そのために正しい自分観、人間観、世界観を育むことの意味を教えたのです」と述べます。


 『論語』を読むこと、『論語』に学ぶことの意味、その基本をしっかり教えてくれる本です。