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フェイスブック 若き天才の野望』

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No.0249

 

 『フェイスブック 若き天才の野望』デビッド・カークパトリック著、滑川海彦&高橋信夫訳、小林弘人監修(日経BP)を読みました。

 

 本書に取り上げられているフェイスブックは、ユーザー数が5億人以上、時価総額が2兆円以上、今やグーグルを脅かす存在となったIT企業の巨人です。


 フェイスブックは、世界最大のソーシャル・ネットワークです。アメリカでは、じつに全人口の3人に1人がユーザーとなっています。「中国、インド、フェイスブック」というジョーク交じりの言葉が流行しているそうです。5億人以上というユーザー数は、もしフェイスブックが国家ならば、人口13億人の中国、12億人のインドに次ぐという意味です。すごいですね!


 そのフェイスブックの発信地は、名門中の名門であるハーバード大学でした。もともとアメリカの大学や高校では、オリエンテーションの際に新入生全員の顔写真を撮影して、それをアルバムに印刷して学生たちに配布するという慣習がありました。フェイスブックは、この印刷されたアルバムのデジタル版として誕生したのです。


 そして、その開発者こそ、ハーバード大学コンピューター科学専攻の2年生だったマーク・ザッカーバーグという天才でした。


 フェイスブックの創設者であり、現在はCEOでもあるザッカーバーグは大のマスコミ嫌いですが、元フォーチュン誌のベテラン記者であった著者にだけは心を許し、初の徹底取材でフェイスブックの真実が明らかになりました。 


 アップルやグーグルなどIT企業についてのカバーストーリーを多数書いていた著者は、ザッカーバーグと出会ったことがきっかけで、本書を書くためにフリーになっています。そんな彼の情熱があってこそ、ザッカーバーグの信頼を勝ち得たのかもしれません。


 著者は、2006年に初めて会ったザッカーバーグはビル・ゲイツを彷彿させたと述べています。ゲイツは、どの家庭にもパーソナル・コンピューター(PC)が置かれることをイメージして、大きな局面から会社の将来を考えていました。


 著者いわく、それは「エンパワーメント(能力の向上)」ということになります。そして、ザッカーバーグも実名ユーザーたちの共有による「エンパワーメント」をイメージして、会社の未来図を描いていたというのです。


 本書を読んでまず思ったのは、「あれ、映画とずいぶん違うなあ」ということでした。映画「ソーシャル・ネットワーク」で描かれているマーク・ザッカーバーグ像と本書で描かれているそれとでは別人のように印象が違うのです。本書に出てくるザッカーバーグは、「思ったよりもイイ奴じゃないか」という感じなのです。これは、ザッカーバーグ本人やフェイスブック社の協力を前提とした取材を続けていく上で仕方がなかったのかもしれませんね。


 著者が描くザッカーバーグは志ある起業家であり、フェイスブック社は利益優先ではなく顧客志向であり社会志向の企業となっています。著者は、次のように述べています。


 「ほかのウェブテクノロジービジネスとは異なり、フェイスブックはどこまでも人間を根本に据えたサービスだ。人々の生活を改善するためのプラットフォームである。電報や電話、インスタントメッセージや電子メールと同様、フェイスブックも独自の新しい形のコミュニケーションをつくり出した。ウェブの初期の時代に、いずれは誰もが自分のホームページを持つことになるだろうと予測する意見があった。それが現在ソーシャルネットワーク・サービスという形で実現しつつある。しかもフェイスブックは個々のメンバーのページを相互に密接に結びつけ、まったく新しい世界を創り出した」


 興味深かったのは、ザッカーバーグが「贈与経済」という概念に強い思い入れがあるというくだりでした。ある晩、著者はザッカーバーグと食事をしながら、フェイスブックが社会に与える影響、特に政治、政府、メディア、ビジネスに関して尋ねたそうです。ザッカーバーグは、そのとき、「贈与経済という概念を知っていますか」と著者に聞いてから、次のように語ったそうです。


 「これは多くの発展途上国における市場経済に代わる興味深い選択肢です。ぼくが何かを供出して誰かにあげると、義務感からか寛容さからか、その人はお返しに何かをぼくにくれる。文化全体がこの相互贈与の枠組みの上で成り立っている」


 ザッカーバーグは、今やフェイスブックやインターネットの他のサービスは、贈与経済が大きなスケールで機能していくのに十分な透明性を生み出しているというのです。彼は、著者にこう語ったそうです。


 「もっとオープンになって誰もがすぐに自分の意見を言えるようになれば、経済はもっと贈与経済のように機能し始めるだろう。贈与経済は、企業や団体に対してもっと善良にもっと信頼されるようになれ、という責任を押しつける」


 著者によれば、この「透明性」「共有」「寄付」のいずれにも社会に深く浸透する含蓄があります。「贈与」や「透明性」は、ザッカーバーグのキーワードかもしれません。


 そして、彼は自らの核心をなす信念について、「本当に政府の仕組みが変わっていく。より透明な世界は、より良く統治された世界より公正な世界をつくる」と、語っています。すなわち、ザッカーバーグは、あらゆる個人によるフェイスブックでの公開表現は、他人に対する一種の「贈り物」であると言っているのです。


 著者のフェイスブックに対する期待は大変なもので、次のように述べています。


 「フェイスブックは、コミュニティーの定義を近隣レベルでも宇宙レベルでも、変えようとしている。フェイスブックは、加速する現代生活のペースによって失われていた一種の親密さのようなものを、人々が取り戻すことに一役買えるかもしれない」


 「それと同時に、フェイスブックの世界規模と、ユーザーから委ねられたその膨大な個人情報の量とを総合すると、人間社会にとってまったく新しい、一種の普遍的連続性をつくり上げる道が見えてくる」


 フェイスブックお気に入りの思想家にマーシャル・マクルーハンがいます。『メディア論』で有名な社会哲学者にしてメディア学者ですが、彼は「グローバルビレッジ」というコンセプトを提唱しました。「地球村」という意味で、地球を統一する普遍的コミュニケーション・プラットフォームの登場を今から半世紀近くも前に予言したのです。


 「グローバルビレッジ」からは、「グローバルブレイン」というコンセプトも生まれました。これは、ニューサイエンティストのピーター・ラッセルが提唱したもので、コミュニケーション・ネットワークの発達によって人類の間に共通の頭脳が生まれるという考え方です。

 

 「グローバルブレイン」という概念には、若き日のわたしも大変感銘を受けました。その影響は、拙著『ハートビジネス宣言』(東急エージェンシー)にも見られます。


 「グローバルビレッジ」は現在でいうインターネットに近いものですが、「グローバルブレイン」とはあまりにも巨大なスケールです。しかし、著者は次のように述べます。

 
「フェイスブックにおけるユーザーの貢献全体が、世界中のアイデアと感覚の集合をつくり上げている。これが進化すればグローバルブレイン(世界脳)の原型に近づくとまで言う人もいる。この手の話が時折言われる理由は、一度すべての個人データが1カ所に集まれば、高度なソフトウェアでそれを分析することによって、集合感情や集合アイデアなどについて新しいことが学べるからである」


 「2009年の終わりに発表されたある企業プロジェクトに『国民総幸福量』がある。解析プログラムを使ってフェイスブック上の幸福または不幸を意味する単語やフレーズの出現回数を継続的に測定する。そこからつくられるグラフは『人々の集合的感覚を表す』とフェイスブックブログの記事に書かれている。当面は米国内の英語話者がつくったデータのみを測定している。しかし、いずれは対象範囲を広げて、前例のないグローバルな感情のものさしをつくり上げるに違いない。今後、こうしたツールの使い道は確実に増えていくだろう」


 「フェイスブックは、驚くほど効率的で質の高い普遍的接続性を実現している。検索ボックスで、誰かが会ったことのある人の名前を入力してみよう。高い確率でその人の名前と写真が載ったページに飛んでいく。必要なら、そこから本人にメッセージを送ることもできる。フェイスブックは、全人類、少なくともその中でインターネットにつながっている部分の総合人名録をつくることを目標としている。そこから、あらゆる個人と個人の間に直通経路が生まれる」


 まさに壮大な志と言えるのではないでしょうか。それは、SF的な妄想を追求するグーグルの方向とは一線を画すものです。ザッカーバーグ自身が、著者にグーグルとフェイスブックの違いを明確に語っています。


 それによれば、グーグルという会社は、「主として現在進行中の物事を追跡することで情報を取得する。彼らはそれを区ローリング(這い回ること)と呼ぶ。ウェブを這い回って情報をかき集め、自分たちのシステムに持ち帰る。地図をつくりたいと思えば、みんなの家の写真を撮るワゴン車を大量に手配して、彼らのストリートビューシステムに使う。そして、彼らが広告のために人々のプロフィールを組み立てる方法は、ダブルクリックとアドセンスのクッキーを通じて、みんながウェブのどこへ行くかを追跡することだ。それが、人の趣味に関するプロフィールをつくる彼らのやり方だ」


 しかし、これを論理的にとことん押し進めていくと恐るべき事態が待っています。一方、フェイスブックという会社は、「みんなが共有したいものを共有できるようにして、何を共有するかを制御できる良いツールを渡せば、さらに多くの情報が共有されるようになる。しかし、全員とは共有したくないものを、全部フェイスブックで共有することを考えてみてほしい。クローリングやインデックスをされたくないものだってある―家族旅行の写真や自分の電話番号、会社のイントラネットで起きたことすべて、あるいは個人間のメッセージやメールなど。だから、多くのものがどんどんオープンになっていく一方で、全員に対してはオープンでないものがたくさんある」


 ザッカーバーグは、この問題は今後10年、20年で最も重要な問題のひとつであるとして、次のように述べます。


 「世界がますます情報を共有する方向に進む時、それが確実にボトムアップで行われる、つまり人々が自分たちで情報を入力して、その情報がシステムでどう扱われるかを自ら制御できるようにする必要がある。どこかの監視システムに追跡される集中制御方式ではなく。これは世界のために決定的に重要なことだと私は思っている」


 このような考えのもとに生まれ、進化していくフェイスブックをマイクロソフトのスティーブ・バルマーCEOやヤフーはどうにかして買収しようと、躍起になります。


 8億ドル、10億ドル、20億ドル、150億ドル...と、提示される買収金額も飛躍的に増えますが、それでもザッカーバーグはフェイスブックを売りませんでした。ザッカーバーグは金儲けにはまったく関心がなく、とにかく「ユーザーにとって楽しく役立つプロダクト」づくりという最終目標だけに集中してきたのでしょう。


 そして、今後もこの彼の姿勢にブレがなければ、来るべきグーグルとの最終戦争に勝利を収める日が来るのではないでしょうか。


 本書は、非常にスリリングなビジネス・ノンフィクションでした。


 それにしても、映画とまったく話が違うなあ。いったい、どっちが本当のザッカーバーグなんだろう?