No.0253 経済・経営 『マネジメント信仰が会社を滅ぼす』 深田和範著(新潮新書)

2011.01.31

 『マネジメント信仰が会社を滅ぼす』深田和範著(新潮新書)を読みました。

 著者は、シンクタンク研究員、東証一部上場企業の人事部長、大手コンサルタンティング会社の経営コンサルタントを経て、2010年に独立した人だそうです。

 いや、なかなか痛快な面白い本でした。大いに考えさせられました。

 本書は、以下のような目次構成になっています。

「まえがき」
序 章:マネジメントがビジネスをダメにする
第1章:症状①意見はあっても意志はなし
第2章:症状②都合のよいことばかりを考える
第3章:症状③管理はするけど無責任
第4章:症状④顧客よりも組織を重視する
第5章:日本企業の危機的状況
第6章:経験と勘と度胸を重視せよ
第7章:他人を変えるより自分が変われ
「あとがき」

 本書の帯には、「ドラッカー読むだけで会社は良くなるの?」「『理屈』の前に、本業で稼ぐ力を取り戻せ!」と書かれており、思わずニヤリとしてしまいます。 「まえがき」の冒頭には、次のように書かれています。

 「マネジメントが下手だからビジネスがダメになったのではない。マネジメントなんかにうつつを抜かしているからビジネスがダメになったのだ。むしろ、余計なマネジメントなんかするな」

 おおっ! これはまた痛快な言葉ですな。本書で著者が伝えたいのは、そういうことだそうです。

 2010年、岩崎夏海著『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(ダイヤモンド社)がミリオンセラーになりました。

 通称『もしドラ』と呼ばれるこの本では高校の野球部が甲子園を目指すというストーリーに乗せて、ドラッカーのマネジメント理論や手法を紹介したことから、サラリーマンの間に一種のマネジメント・ブームが起こりました。著者は、『もしドラ』の小説仕立てのマネジメント本が役に立つ部分があることを認めながらも、次のように書いています。

 「多くの経営者やサラリーマンが『この本に書いてあるマネジメント理論や手法なら、すぐに実践できる』と思い込んで、これらの本を読み漁り、そこに書いてあったことの真似をしている。『マネジメント本に書いてある理論や手法を真似すれば、会社や自分が劇的に変わるはずだ』という『マネジメント信仰』とも呼ぶべき安易な思い込みが、このところ急激に広がっているのである」

 これは、わたしも、ひそかに感じていたことです。

 わたしにも、『最短で一流のビジネスマンになる! ドラッカー思考』(フォレスト出版)という著書があります。タイトルは出版社がつけましたが、そこに書かれてある内容を拡大解釈して、ドラッカーの本さえ読めば借金は返済できるし、会社の業績もV字回復するといった思い込みをされている読者の多さに驚くことがあります。

 まるで、ドラッカーの著書を「願いがかなう」魔法書のように思っているのです。

 わたしは「論語読みの論語知らず」という言葉にならって「ドラッカー読みのドラッカー知らず」と言っているのですが、ドラッカー自身が何よりも経営に関わるものは思想を現実に置き換えなければならないと言っています。

 たしかにドラッカーの著書は、『論語』と同じく、人間社会における「理(ことわり)」というものを教えてはくれますが、得た教えを実行しなければ何の意味もありません。

 実行もせずに読書さえしていれば業績が回復するなどという旨い話はありませんよ。

 それに、わたしもドラッカーの著書、あるいは『論語』だけ読んで会社を経営してきたわけではないのです。中村天風や安岡正篤も、松下幸之助や稲盛和夫さんも、さらにはフィリップ・コトラーやマイケル・ポーターも、他にもありとあらゆる人の本を読み、そこから今の自分の問題点に合致した考え方を求めてきました。

 いわば、わたしは「何でもあり」の精神で、「いいとこ取り」をしてきたのです。

 そして、そこで得た知識や理論を手法を必ず実践することを心掛けました。

 さて、本書の著者が言う「マネジメント信仰」は、ドラッカーだけに限りません。

 トイレ掃除をしたり、「ありがとう」と家族と社員に毎日言ったりすれば万事がうまく行くといったことも含みます。もともと「マネジメント」とは人間関係に関わるものですので、トイレ掃除や感謝の言葉が人間関係を良くするのは当然です。

 感謝の心を持つことは人生で最も大切なことです。それは、わたしも、もちろん保証します。

 でも、それと会社の業績は一直線にはつながりません。

 著者は、「会社を復活させるためにトイレ掃除から徹底的に行った」と書いてあるマネジメント本を読み、自社の社員にトイレ掃除を徹底的にやらせた中小企業の経営者を本書で紹介しています。その会社のトイレはピカピカになりましたが、数年後に倒産したそうです。著者は、次のように述べています。

 「社長は、マネジメント本に書いてあった『トイレ掃除をさせたら、社員の意識が変わり、企業が復活した』という話を真に受け、そこから何かが変わると信じ込んでしまった。そして、ビジネスを抜本的に立て直すことを怠ってしまった。マネジメント本に書いてあった理論や手法に逃げて、ビジネスの現実を直視しなかったのである」

 著者によれば、20年ほど前までは、マネジメント信仰に陥る経営者や管理職は、ほとんどいなかったそうです。当時の経営者たちは、自分が行っていることに自信を持ち、マネジメント理論や手法を「机上の空論」と決め付けていたのです。

 社内のホワイトカラーやコンサルタントが理論や手法を掲げて「こうするべきだ」と進言しても、「現場にいない者に何がわかる」「やってみなければ、わからない」と一喝し、強引なまでに自分の意志を貫いたのです。

 著者は、「だから当時の日本企業は強かったのだ」と訴え、次のように述べます。

 「一方、マネジメント信仰に陥った最近の経営者たちは、見栄えの良い事業計画書を作成したり、凝った人事制度や情報システムを構築したりと、マネジメント本に書いてあったことを実践する能力には長けている。しかし、そこには足りないものがある。ビジネスにかける経営者達の『意志』がないのだ。日本企業は、マネジメントの理論や手法にこだわりすぎて、ビジネスを進めるうえで最も大切な意志を喪失してしまった」

 わたしは、強引に意志を通すことも大事ですが、それだけでは単なる「独裁」になってしまい、企業を衰退させることになると思います。

 ドラッカーは、「独裁」と「マネジメント」は反対語であると述べました。

 でも、マネジメントだけに耽るのも著者の言うように危険でしょう。

 ならば、両者をアウフヘーベンして、互いの長所を生かし合う経営を目指すべきです。

 ちなみに、そのことを意識してわたしは『孔子とドラッカー』、『龍馬とカエサル』(ともに、三五館)を書きました。わたしは、本来のマネジメントには「意志」の重要性やリーダーシップの必要性も含まれていると考えています。

 著者は、昔と今では「マネジメント」についてのとらえ方が変化してきていると指摘し、次のように述べています。

 「近年、マネジメントというと企業経営のための理論・手法に重点が置かれており、マネジメント本というと、これらの理論・手法を紹介したマニュアルに近いものになっている。ところが以前は、『社会・国家の中で企業は堂あるべきか』とか『企業の中で個人はどうあるべきか』といった思想的な面が強く、マネジメント本も著者の世界観を紹介した哲学書に近かった。例えばドラッカーの著作には、彼の世界観や哲学が必ず盛り込まれている。ところが、そこに書いてあるノウハウ的な部分(例えば「成果をあげるためにはどうすればよいか」といったこと)を抽出し、それらをわかりやすく伝えるために小説仕立てにしたり、図入りの解説書にしたりすると、ドラッカーが描いた世界観や哲学はほとんど見えなくなってしまう」

 わたしが色々コメントすると差し障りがありますね(笑)。

 でも、著者のこの発言にはまったく同感です。

 著者は、このまま多くの経営者がマネジメント信仰に陥っていたら、日本経済の復活はないと危惧します。そして、今の日本企業に必要なのは経営者の意識が内に向いた「マネジメント」ではなく、市場という外に向いた「ビジネス」であると強調するのです。

 そのために最も重要な意味を持ってくるのが、いわゆる新規事業です。著者は、次のように述べます。

 「現在、日本において必要なことは、新たな経済成長を実現する新しいビジネスを生み出し、育てることである。そのためには、新しいビジネスに挑戦していく者を生み出していくようにしなければならない。『マネジメント本に書いてあるようなありきたりなことをしても面白くない。これからは自分で考えてビジネスをする時代だ』と豪語する者が出てこなければならない。そして企業は、このようなビジネス重視の起業家的な人材を意識して輩出するようにしなければならない」

 これも、まったく同感です。わたしは、たしかにドラッカーのマネジメント理論や手法を取り入れて、会社を経営してきました。その結果、「選択と集中」の効果もあって、わが社の業績は大幅に回復し、膨大な借入金も完済することができました。

 しかし、企業には「整える時期」と「伸ばす時期」とがあります。社長に就任して10年、ひたすら内部固めに努めてきました。

 そろそろ「整える時期」を終え、わが社も「伸ばす時期」に入ったのではないかと思っています。また、わが社にふさわしい、経営理念にも合致し、将来性のある新規事業のプランも浮上してきました。今年からは、わたしも性根を据えて「ビジネス」に取り組んでみたいと考えています。それは、「企業は安定を求めた途端、不安定になる」というドラッカーの言葉を実践することでもあります。

 具体的に新規事業が決定しましたら、みなさんには改めて報告させていただきます。というわけで、本書から「よし、ビジネスをやるぞ!」というファイトを与えられました。

 ところで、本書の最後には『もしドラ』が、1913年創業のダイヤモンド社から初めて生まれたミリオンセラー書籍であると紹介されています。

 著者は、最後の最後に、こう述べています。

 「『ドラッカーが生きていたら、この本を見て何と言うのだろう』。個人的には、読んでいて、そういうことばかりが気になった」

 この一文を読んで、わたしはニヤリとしてから本書を閉じたのでした。

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