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知はいかにして「再発明」されたか』

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No.0227

 

 『知はいかにして「再発明」されたか』イアン・F・マクリーニー/ライザ・ウルヴァートン著、冨永星訳(日経BP社)を読みました。

 

 著者は2人とも、オレゴン大学で教える気鋭の歴史学者です。サブタイトルは、「アレクサンドリアからインターネットまで」となっています。

 

 ピーター・ドラッカーが多くの著書で述べたように、21世紀は知識社会だとされています。本書は、現代へとつながる社会の「知識化」の歴史を振り返っています。しかし、「知識」そのものの歴史ではありません。「知識」を組織化するための制度の歴史です。それも、中国やインドやイスラムについてはほんの僅かにしか触れられておらず、基本的に西洋における「知識の制度の歴史」が主題となっています。

 

 著者は、西洋の知の制度を次の6つの組織にわけて説明しています。

 

 1.図書館(紀元前3世紀~紀元前5世紀。口承文化から文字文化への移行のシンボルとなり、権力者が書物を収集)

 

 2.修道院(100年~1000年。キリスト教の西欧支配とともに崩壊した図書館の知的財産を引き継ぎ、写本を維持管理した)

 

 3.大学(1100年~1500年。人里離れた土地につくられた修道院に対して、都市に生まれる。施設というよりも、まず教師と学生による人的なネットワークとして立ちあらわれる。徐々に拡大して、教会と王権という聖俗二つの権力に対する第三の力をもつ)

 

 4.文字の共和国(1500年~1800年。印刷技術が登場し、手紙によるネットワークが科学革命の17世紀から啓蒙時代までの知識の生産や流通をになう)

 

 5.専門分野(1700年~1900年。学会組織が登場し、19世紀初頭には近代大学が誕生する)

 

 6.実験室(1770年~1970年。哲学などの文科系の学問を基軸とした「専門分野」に対し、理科系、とくに物理学、化学、生物学などの自然科学系の学問の舞台)


 そして最後に、現在のインターネットが取り上げられるのですが、本書の「はじめに」で、著者は次のように述べます。

 

 「驚いたことに、これら6つの制度は、すべて知の総体を組織するために作られてきた。圧倒的な状況の変化によって、既存の制度の名声が失墜したり、その限界が明らかになると、さまざまな制度が融合し合い、既存の知識獲得の手法に対する不満や幻滅をうまく利用して、新たに、外の世界に対する使命を正当化する全方位的なイデオロギーを作り出していったのだ。社会が安定しているときには、これらの制度が学びのたいまつを運び、動乱の時代には、個人や小規模な共同体が新たな制度を作り出して、知を再発明した」

 

 また、著者は、このような知の伝播や革新の瞬間を重視し、そこに焦点を当てています。


 古代エジプトで初の図書館が誕生してから二千数百年が経過しましたが、人類は自分たちの知を保存、蓄積、そして再生産し続けてきました。そうすることによって、知を次の世代に伝え、社会に働きかけ、時に世界そのものを作り変えてきたのです。著者は、知の制度と社会の変化について、次のように述べています。

 

 「社会に予想外の展開がるときに、知の再発明を推し進めたのは、個々の天才や知識人の活動ではなく、もっと広い社会の変化だった。それでいて、いったんできてしまった新たな知の制度は、社会に猛烈な影響を及ぼした。どの制度も、精神生活を広範に作り替え、非常に深く刻み込まれた息の長い知の実践ですら、その庇護の元で形を変えて新しくなっていった」

 

 このように、本書はさまざまな知の制度を論じることによって、「知」というものの全体像、そして時代や社会との関連を描いているのです。


 わたしは、本書を読んで、「イノベーション」について考えました。経済学者ヨゼフ・シュムペーターや経営学者ピーター・ドラッカーが強く提唱したイノベーションは、最初に「技術革新」と訳されました。それが定着してしまったために、イノベーションは技術と結びつけられがちです。しかし、その意味するところはもっと広く、新しい思考や問題意識に総合的に関わっています。

 

 わたしは、イノベーションの問題は「知識」の本質に関わっていると思います。イノベーションの前提こそ「知識」であると言っていいかもしれません。ドラッカーが多くの著書で一貫して唱えてきたのが「知識社会」の到来でした。

 

 7000年前、人類は技能を発見しました。その後、技能が道具を生み、才能のない普通の者に優れた仕事をさせ、世代を超えていく進歩を可能にしました。技能が労働の分業をもたらし、経済的な成果を可能にしたのです。

 

 紀元2000年には、地中海東部の灌漑文明が、社会、政治、経済のための機関と、職業と、つい200年前までそのまま使い続けることになった道具のほとんどを生み出しました。まさに、技能の発見が文明をつくり出したのです。

 

 そして今日、再び人類は大きな発展を遂げました。仕事に知識を使いはじめたのです。ドラッカーは、「仕事の基盤が知識に移った」と述べています。


 ここで言う「知識」とは、仕事の基になる専門知識のことです。専門知識の上に成り立つ職業といえば、医師や弁護士や公認会計士やコンピュータ・プログラマーなどがすぐ思い浮かびますが、じつは冠婚葬祭業なども知識産業であると、わたしは思っています。

 

 例えば、厚生労働省認定である葬祭ディレクター技能審査制度というものがあります。この試験用に使う『葬儀概論』という電話帳のように分厚いテキストを見ると、たいていの人は非常に驚きます。想像以上に内容が高度で、かつ範囲が広いのです。仏教の各宗派の教義・作法はもちろん、宗教全般、儀礼全般に医療、法律、税務といった分野まで含まれています。「これはもう大変な知識産業ですね」と言われます。この試験に合格した1級葬祭ディレクター数および合格率が、わが社は全国でトップクラスということで、非常に誇りに思っています。


 また冠婚葬祭業界には、ブライダル・プロデューサー資格というのもあり、葬祭ディレクター技能審査制度と同じことが言えるかもしれません。さらには、料理、衣装、写真、司会・・・・・と、わが社のあらゆる仕事は高度な専門知識に基づく知識産業であると認識しています。そして、プロフェッショナルとしての専門知識を備えた知識労働者たちが、「価値の創造」としてのイノベーションを呼び込むのだと思っています。 

 

 ドラッカーも『創造する経営者』(ダイヤモンド社)の中で、「知識労働者は、すべて起業家として行動しなければならない。知識が中心の資源となった今日においては、トップマネジメントだけで成功をもたらすことはできない」(上田惇生訳)と述べています。その意味では、今後の知識社会において、企業も「知の制度」となりうると思います。