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電子書籍の時代は本当に来るのか』

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No.0228

 

 『電子書籍の時代は本当に来るのか』歌田明弘著(ちくま新書)を読みました。

 

 著者は、「現代思想」編集部、「ユリイカ」編集長などを経て、メディア論や現代社会論をフィールドとして執筆活動に入った人です。


 本当に、電子書籍の時代は来たのでしょうか。本書のテーマは、まさにそこにあります。

 

 ここ十数年で「電子書籍の時代が来る」と何度も言われてきましたが、大騒ぎしたわりには大したことは起こりませんでした。たしかに、アメリカでは電子書籍の時代がスタートしたとされています。ソニーのリーダー、キンドル、ヌーク、iPadと端末が次々に発売され、アマゾンの精力的な活動もあって魅力的な電子書籍がたくさん発売されました。いわゆる「機械好き」や「新しもの好き」ばかりでなく、アメリカでは本物の読書家たちが端末を入手して読んでいるようです。

 

 著者は、数年前に「本は消えるのか」というテレビ番組の取材を受けたそうです。そのとき、「紙の本はいずれレコードと同じく一部の好事家向けのものになるかもしれない」と発言しました。「ずっと先の話」という前提だったのですが、それが省略されて今すぐ起こるかのように放映されたとか。

 

 著者は、それについて本意ではないとしながらも、「いずれはこうしたことも起こるかもしれない、とは思う」と述べています。著者は、本書において、グーグル・アップル・アマゾンといった巨大企業の最新動向を紹介しながら、非常に冷静に「ブーム」の先を読んでいます。


 電子書籍の時代のシンボルとなっている読書端末は、やはりキンドルとiPadでしょう。わたしはキンドルは持っていませんが、iPadは持っています。本書は、特にiPodについての分析が詳しいので、興味深く読みました。

 

 キンドルは紙の本を電子化して読みやすくするための装置として発想されています。それに対し、iPadは、「本」の枠を超え始めていると著者は分析し、「たしかに、電子書籍をダウンロードして読み始めればそれは本の延長のメディアなのだが、iPadという端末にとっては、それは利用方法のひとつでしかない」と述べています。

 

 名著『メディア論』を書いたマーシャル・マクルーハンは、さまざまなメディアを「ホットなメディア」と「クールなメディア」に二分しました。ホットなメディアとは、情報量が多く、画像も精細で、与えられた情報ですべてが済んでしまうようなメディアです。そのために受け手の参加性は低くなります。代表例は、ラジオ、映画、本、雑誌とされています。一方、クールなメディアとは、情報に欠けた部分があり受け手がそれを補っていく必要のあるメディアです。画像はモザイクやドットのように受け手の想像力で補わなければならないメディアです。代表例は、電話、テレビ、新聞とされています。このマクルーハンの考えを受けて、著者は次のように述べます。

 

 「こうした分類でいけば、iPadは基本的にホット・メディアということになるだろう。文字のみで構成された本は人間の想像力にゆだねられる部分が大きかったが、iPadが切り開く未来の電子書籍は、紙の本を電子化したにとどまらず、クール・メディアの書物をホット・メディアに変えてしまうかもしれない」

 

 マクルーハンは書物をホット・メディアと言っているはずなのに、著者はクール・メディアとしています。このへんが混乱しますが、著者の言わんとすることは理解できます。


 ただ、自分が使ってみても思うのですが、iPadで本を読もうという気にはなれません。外出の際に持ち運ぶのには少し重いし大きいですが、自宅のリビングで使うぶんには問題ありません。アップルとしても、外へ行くときにはiPhoneやiPod、リビングではiPadというコンセプトなのでしょう。

 

 実際、iPadのプレゼンテーションでは、スティーブ・ジョブズがリビングのソファにすわって操作するという演出が行われたようです。そして、iPadとは、結局それだけのものでしかないとも思います。あと、ドライブの際に車に積んでおくのも良いでしょう。

 読書端末としてのiPadについて、著者は次のように述べています。

 

 「iPadならば画面の大きさは十分だが、いろいろなことができるので読書端末として使われるとはかぎらない。アメリカのイベントで出版関係者が『iPadは読書端末としては気が散りすぎる』と言っていた。買うほうからすればiPadは読書端末の一種だろうが、本を売りたい側にとっては、何でもできてしまう汎用機であるぶんだけ、読書端末としては弱いかもしれない」

 

 またiPadの画面は、パソコンと同じく液晶を使っています。ですから、電子ペーパーを使ったキンドルのように目にやさしいわけではありません。長時間の読書には向かないわけです。長文のテキストの著作物が読まれるためには、やはり電子ペーパーを使った読書端末の普及が前提となるのではないでしょうか。


 著者は、これらの問題をふまえて、次のように述べます。

 

 「これまでの電子書籍プロジェクトのように『本を読まない人向けの電子書籍』といった発想に立つならば、電子書籍はやはりマイナーな市場にとどまらざるをえない。しかし、アメリカのように『本をたくさん読む人向けの電子書籍』という発想に転じれば、端末を購入した人たちがたくさんの電子書籍を購入してくれると期待できる。機械好きではなくて、本好きが読書端末を購入するかどうかが、本格的に電子書籍市場が成立するかどうかの分かれ目だ」

 

 本書の最後で、電子書籍が本格的に拡大していくための必要なポイントが5つ紹介されています。

 

 1.読みやすい端末。

 2.魅力的なソフト(電子書籍)。

 3.多様な電子書籍が流通する仕組み。

 4.読者が多様な電子書籍と出会える仕組み(導線)。

 5.使いやすい課金プラットフォーム。


 わたし自身の著書の電子書籍化の問題もあり、出版関係者とは今後もアイデア交換を重ねてゆくつもりです。わたしは、東京のJRや地下鉄に乗ってみていつも感じるのですが、基本的に電子書籍とは通勤用のものだという気がします。ですからソフトとしては、あまり長文の小説とか評論などより、短い文章で豊富な情報および情緒を与えるものが適していると思います。具体的には朝礼のスピーチ、会議の前フリで使えるとか、あるいは感動実話エピソードなどですね。わたしの著書でいえば、『孔子とドラッカー』『龍馬とカエサル』『むすびびと』『最期のセレモニー』『愛する人を亡くした人へ』などです。

 

 今後も、電子書籍については考え続けていきたいと思っています。