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電子書籍奮戦記』

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No.0229

 

 『電子書籍奮戦記』荻野正昭著(新潮社)を読みました。

 

 著者は、ボイジャー社長として、日本における電子出版の普及に尽力してきた人です。大学卒業後、映画助監督をふりだしに、映画製作、レーザーディスク製作を経て、1992年にボイジャー・ジャパンを設立しました。黎明期から20年近く電子出版に携わってきた、いわば「Mr.電子書籍」なのです。


 アメリカでは、ついに電子書籍の時代が本格的にスタートしました。その市場は、7割をアマゾン、2割をアップルが支配していると言われます。2004年から書籍の電子化計画を進めていたグーグルも、「グーグル・エディション」という名前で2010年の春から電子書籍ビジネスに乗り出すといいます。著者は、本書の「まえがき」に次のように書いています。

 

 「アマゾン、アップル、グーグル。いずれも世界のインターネットビジネスをリードする大企業です。こうした大企業を中心に、電子的な出版の世界は、大きく広がりつつあります。しかし、いくら図抜けた世界が開けたとしても、それが限られた手に支配されるなら、出版人は、その窮屈さに苦しめられることになるでしょう。出版人だけではなく、読者にとっても大問題です」


 電子書籍が普及しはじめたのは、インターネットが社会基盤として整備されたことが大きいと言えるでしょう。その意味で、インターネットの歴史にはデジタル時代の新しい出版を考える上での重要な示唆が含まれています。本書で展開されているインターネットの歴史は、簡潔かつポイントを的確に押さえていて、参考になりました。少し長くなりますが、以下に引用します。

 

 「インターネットは第2次大戦、冷戦、ベトナム戦争という3つの戦争をきっかけに生まれました。アメリカは第2次大戦中、原爆開発のための強力な計算機としてコンピューターの開発をはじめます。1945年の原爆には間に合いませんでしたが、その後、米ソの激しい軍拡競争の中で、コンピュータの役割は次第に高まっていきます。原爆、水爆のシミュレーションのみならず、戦時下における指揮命令連絡網を確保する通信手段としてコンピュータが利用されるようになったのです。

 ソ連が1950年前後に、核実験に成功したとき、アメリカは極端な被害妄想に陥りました。戦争で原爆を実際に使用した唯一の国として、核のもたらす甚大な被害をよく知っていたからです。核戦争が起きても、通信網を維持するのはどうすればよいのか。これがアメリカの新たな課題になったのです。

 それに対して、無数の小さなコンピュータをネットワークで結ぶという発想が生まれます。少数の巨大なコンピュータで情報を管理すれば、そこが標的になってしまいます。しかし、無数にあれば、無数であるがゆえに標的にできず、破壊し尽くすこともできない。このときできあがったネットワークが現在のインターネットの原型です」


 もちろん、わたしもコンピュータやインターネットの開発が軍事的な目的から生まれたことは知っていましたが、具体的に原爆開発がすべてのスタートだった事実にふれると、非常に複雑な気分になります。でも、軍事的目的から生まれたインターネットが、いまや、戦争から遠く離れて一般の人々のための社会基盤になっています。

 

 無数にある、小さなものが結びつくことによってインターネットという新しい通信手段が誕生したわけですが、著者は「新たなメディアである電子書籍も、この基盤の上に乗っているのです」と述べています。


 さらに、著者は出版という行為そのものが「小さなもののためのメディア」であったと指摘し、次のように述べています。

 

 「テレビや映画など様々なメディアがありますが、(紙の)出版は、その長い歴史の中で小さなものへの支援を惜しまなかったメディアだと思います。テレビの視聴率、映画の観客動員数に比べれば、出版物の販売部数はごく小さなものです。一方、その送り出す内容については、テレビや映画よりもはるかに多種多様です」

 

 著者は、さらに「多種多様な内容のものを世に送り出すのが出版本来の役割だと私は考えています」と書いています。


 ところで、電子書籍には厳密な定義というものがないようです。広い意味で電子的に出版されたものと定義するとして、著者は以下のような具体例をあげていきます。

 

 1つめは、1980年代後半に登場した、フロッピーディスクやCD-ROMなどのパッケージに収められた電子書籍です。これが電子書籍の原初形態です。

 

 2つめは、インターネットを通じて、読者が持っている端末(パソコン、携帯電話、スマートフォン、キンドル、iPadなどのタブレット端末など)に直接届けられるデータファイルとしての電子書籍です。現在、電子書籍といえば、この形態が一般的です。

 

 3つめは、紙の書籍を製作する作業工程で作られる電子データとしての電子書籍です。紙の本とは、電子化されたデータの出力形態の一つにすぎず、電子データそのものがすでに電子書籍であるというのです。

 

 4つめは、インターネットのホームページ上に公開される無数の「リソース=資源」群です。リソースとは、デジタル化された研究論文、古典文学などの共有財産などです。

 

 5つめは、一般的な書籍という概念を拡張し、どんな情報でも好きな形に変え、自分なりにつくった電子書籍です。レイアウトや文字の大きさなど、読者それぞれに好みがあり、自分が利用しやすい形に自由に組み直したものです。

 

 著者は、次のように述べています。

 

 「電子書籍は紙の本に対立するものではなく、情報そのもの、つまり物理的な形状を保持しない純粋コンテンツなのです。コンテンツを出力する媒体が、紙であるか、電子的な端末であるかを区別する必要はありません。今、本は長い歴史を経て、ようやくコンテンツになりつつあるのだと思います」


 それでも、現時点において、電子書籍の売上の総体はまだ取るに足らないものです。日本では、書籍の販売において最強だった紀伊國屋書店をアマゾンが抜きましたが、まだまだ紙の本は電子書籍よりも売れているのです。

 

 でも、これからは、どうなるでしょうか。本書には、電子書籍と紙の本の違いについて見事に説明した比喩が紹介されています。ジョン・シラクッサの「電子時代の読書 過去そして未来」という文章からの引用だそうですが、以下のように「本」という語を「馬車」に、「電子書籍」を「自動車」にそれぞれ置き換えて読んでみるとよく理解できます。



 ・「本がなくなることはない」

 そのとおり、馬車はいまだに存在します。

 

 ・「本のもっている利点は、電子書籍には移植できない」

 そのとおり、馬車は自動車が走れないような悪路を走ることができます。すべての道が舗装されているわけではないですし、またそうされるべきでもありません。

 

 ・「本がもたらす感覚的/官能的な経験を、電子書籍は提供するこてゃできない」

 そのとおり、馬車が提供できる経験(匂いや、肌触りや、ドキドキする感じなど、他の生き物とともに過ごすことで得られる感覚)を自動車が提供することはできません。

 

 ・とはいえ、今日、馬車で仕事に行った人は誰もいないでしょう。私だってそうです。「馬ぬきの車には乗らん!」と言っていた人もたくさんいたでしょうが、そうした人たちはすでにこの世にはいません。(『電子書籍奮戦記』29-30頁)


 最後に、「青空文庫」誕生にまつわるエピソードが興味深かったです。青空文庫は、日本版「グーテンベルク計画」をめざして生まれました。

 

 「グーテンベルク計画」とは、古今東西の名作古典をテキストデータにし、インターネットを介して読めるようにするというプロジェクトで、1971年にアメリカでスタートしました。

 著作権保護期間の切れた作品を電子化し、インターネットを通じて無料で提供するという壮大な計画ですが、その日本版をめざしたのが青空文庫なのです。

 97年に著者の経営するボイジャーのホームページを間借りする形で、青空文庫はオープンしました。中心メンバーの富田倫生氏は2004年の東京国際ブックフェアにおいて、ボイジャーのブースで講演しました。そのとき、青空文庫の意義について、岩波書店の創業者を引き合いに出して説明したそうです。

 「もし岩波茂雄がいまここにいたなら、インターネットのこの時代にきっと青空文庫をやっていたに違いありません」

 

 富田氏は、さらに「読書子に寄す」をプロジェクターに映し出し、それを朗読しました。

 

 「読書子に寄す」は1992年7月、かの岩波文庫の発刊に際して宣言された文章で、現在でも同文庫の巻末に掲載されています。格調高い名文は哲学者の三木清が書いたと言われていますが、宣言者には岩波茂雄の名が記されています。

 

 「今や知識と美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。それは生命ある不朽の書を少数者の書斎と研究室より解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう」


 岩波文庫の発刊から約80年、新しい時代の「読書子に寄す」を自ら宣言した富田氏は、さらに次のように述べました。

 

 「もし電子出版なるものがオン・スクリーンで読めるとか、デバイスに100冊納まるとかだけにとどまるならば、一体何の意味を持つだろう。紙の本のままで十分ではないか。書き手がいて出版社があって、印刷所があり書店があり図書館がある。ただ、そうした仕組みにおいてなお育むことができない出版があり、これもまた伸ばすべきものであるならば、電子出版には存在理由がある、かすかだが試みて値する希望がある」

 

 この富田氏に背中を叩かれ、著者は電子書籍の世界に本格的に乗り出したそうです。本書は、単なる学者やジャーナリストの視点ではなく、自ら試行錯誤を重ねてきた実践者が書いた「紙の本」として非常に勉強になりました。