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助けてと言えない』

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No.0232

 

 『助けてと言えない』NHKクローズアップ現代取材班編著(文藝春秋)を読みました。

 

 NHK福岡放送局報道番組ディレクターの小木寛さんから送られてきた本です。小木さんは、今年わたしがNHKの討論番組に出演したときのディレクターでした。本書には、その小木さんが書いた文章も収められています。


 NHK北九州放送局ニュースデスクの松元良祐さんが、「はじめに」を書いています。その冒頭の文章は以下の通りです。

 

 「たったひと言、便箋に綴られた文字、『たすけて』。

 『派遣切り』などで生活困窮者が急増していた二00九年四月。これほどまでに胸を突き刺すような悲痛な言葉はなかった。

 この言葉を残したのは、北九州市門司区の住宅で孤独死した元飲食店従業員の男性だった。男性は餓死したとみられている。まだ三十九歳だった。

 両親のいない男性は、母親の位牌の前に敷かれた布団の上で冷たくなっていた。『たすけて』の叫びは男性が親戚に宛てて綴ったもので、この短い手紙は男性の遺体の傍らに置かれたままになっていた。

 男性はこの切迫した窮状を、死に至るまで、親戚にも友人にも誰にも伝えていなかったのだ。

 なぜなのか。この答えを見つけることが私たちの取材の出発点となった」

 

 こうして取材を始めた松元さんですが、そのうち、助けを求めない三十代が増えていることを知ったそうです。彼らは、「家族の迷惑をかけられない」、「自分で仕事を見つけて何とかする」と考えていました。自分でなんとかしなければならない「自己責任」の風潮のなかで育った彼らは、まさに「自己責任」として自分を責めていました。そして、誰にも相談せず、家族や友人、地域とのつながりも断ち切って孤立していたというのです。松元さんは次のように述べています。

 

 「思い描いていた三十代は、自立して社会に貢献している姿であっただろう。しかし、描いた将来像と現実はかけ離れ、取材した三十代からは、『三十代でありながら』という自己反省とともに、助けを求めることを恥と感じる気持ちが伝わってきた」

 

 90年代に入ってから、バブル崩壊がとともに景気は長期低迷しました。雇用環境も大きく変化し、学生の就職は難しくなり、三十代はその厳しさに直面したのです。彼らの卒業時は空前の就職難でした。また松元さんは、「三十代に入ると、生活の格差をより強く実感するようになり、家庭を持って幸せに暮らす同年代に対して、いまの自分の姿を見せたくない心境もうかがえた」と述べています。


 本書に出てくる三十代の人々のほとんどは、わたしが住む北九州市に住んでいます。そのため、わたしは本書を興味深く、いや、複雑な思いで読みました。2008年の秋以降、北九州市内でも路上生活者の中に三十代の姿が目立つようになってきました。また、本書にはNPO法人「北九州ホームレス支援機構」の代表である奥田知志さんが度々登場されています。わが社は、同法人の趣旨に賛同しています。

 

 ホームレス支援では、弁当や物資の配布による「出会い」が支援の基礎だそうです。わたしは、わが社でも何かホームレス支援のお手伝いができないかと思いました。そこで、NPO法人北九州ホームレス支援機構に連絡を取り、先方の担当者と面談しました。すると、亡くなったホームレスの方々の葬儀をあげる葬儀社が少なくて困っているというのです。ホームレスの方が亡くなった場合、行政からいくばくかの葬儀費用が出るのですが、小額のため大手の葬儀社や互助会は引き受けたがらないというのです。それを聞いて、まさにわが社の出番というか、お役に立たねばならないと思いました。昨年の7月より、ホームレスの方々の葬儀を無料で提供させていただいています。


 その奥田さんについて、本書を送って下さった小木さんが次のように書かれています。

 

 「私たちは、これまでもニュースや番組で何度も奥田さんの取り組みを取材してきた。奥田さんは、このNPO団体を立ち上げた中心人物で、北九州市でホームレス支援を続けてきた。全国的にも早い時期からホームレス支援を行ってきた草分け的な存在だ。普段は、キリスト教の教会で牧師をしている。牧師をしながら、生活に困窮した路上生活から自立するところまで再建させた人は千人以上にのぼる。この活動を、二十年以上にわたって続けている」

 

 たしか、奥田さんとわたしは同い年です。わたしは、無私の精神でホームレス支援を続ける奥田さんを心から尊敬するとともに、ある意味で「同志」だと思っています。わたしも、北九州市から孤独死をなくすべく「隣人祭り」の開催に励んでいます。その結果、年間で300回以上の隣人交流イベント開催のお手伝いをしてきました。

 

 ホームレス支援と隣人祭りの活動において、いまや北九州市は日本で最も進んでいる都市ではないかと思います。市長選の選挙スローガンなどではなく、本当の意味で北九州市は「ハートフル・シティ」なのではないでしょうか。

 

 奥田さんは牧師さんです。すなわち、イエスが説いた「隣人愛」の実現をめざす方です。わたしたちも、「隣人愛」の実現をめざして、隣人交流イベントを開催しています。

 

 「禍転じて福となす」という言葉がありますが、かつて公害の街として有名だった北九州市は現在、エコ・タウンで知られています。環境都市として世界的な賞も受賞しました。現在は「孤独死」のイメージが強い北九州市ですが、禍転じて福となさねばなりません。そして今度は、北九州市が世界的な「隣人愛都市」になればいいと思います。


 さて、本書を読んで非常に興味深かったのは、ホームレスとおぼしき三十代の若者に声をかける奥田さんの言葉でした。なにしろ、ちょっとでも言い方を間違えると相手の心を傷つけかねないという、非常に難易度の高い声かけです。

 

 たとえば、公園での炊き出しにやって来た若者に、奥田さんは「お兄さん若いなぁ。いくつ?」と聞きます。相手が「いま三十二歳です」と答えると、「三十二歳かぁ。どこで過ごしているの」と聞く。また、「仕事はどうしてるん」「きょうは、このあとどうするの。どこで眠るの」など、フランクに、かつ相手のプライドを傷つけないように訊ねてゆくのです。

 

 相手が炊き出しに来ている場合は楽ですが、ときには、小倉駅のアーケードを歩いているホームレス風の若者に対しても次のように声をかけます。奥田さんは、まず最初に「すみません。こんばんは。旅の途中ですか」と聞くそうです。その後、「もし間違っていたら、ごめんなさいね。実は私、北九州市でホームレスの支援をしているNPOの代表の者なんですが、もしよろしければお弁当とか洋服とか、お渡ししてるんですが、いかがですか」と言うのです。

 

 さらには、小倉駅前のファストフード店で深夜に寝ている若者には、「すみませんね。寝ているところ、とっても失礼なこと言って、間違っていたらごめんなさい。仕事や家がない人を支援している団体のものなんだけど、きょうはここで過ごすの?」と声をかけます。

 

 この奥田さんのホームレスとおぼしき人物に対して声をかける際の物の言い方は、わが社のような接客サービス業においても大変参考になりました。サービス業をしていると、色々なことを言われるお客様がいます。中には理不尽なことも多々ありますが、無理な要求などをお断りする場合でも、とにかく相手のプライドを傷つけないことが肝心です。その意味で、「間違っていたらごめんなさい」という一言には相手への配慮があり、非常に勉強になりました。


 こんなにも気を遣って声かけをしている奥田さんですが、最近は三十代のホームレスから支援の申し出を断られるケースが相次いでいるそうです。奥田さんは、次のように小木さんたちに語っています。

 

 「一見わからないでしょ、ホームレスって。でもね、二十年の経験からわかっちゃうんです。足下をみればね。靴ですよ、靴。もうとにかく汚れているんです。とにかく歩いて、歩いて、街を転々としているから。ぼろぼろの人も多い。でも、服装や髪型には、とにかく気をつかっていて、ホームレスとは気づかない。それがこれまでのホームレスとは違う、三十代のホームレスの特徴なんですよ」


 さて、NHKの番組「クローズアップ現代」出演が縁となり、奥田さんと一緒に「三十代の聞き」と題したシンポジウムを全国各地で行っている人物がいます。今年で34歳になる作家の平野啓一郎さんです。北九州市出身の現代日本文学の旗手です。

 

 本書の最後には、平野さんの「三十代の危機」という講演をもとに再構成された文章が掲載されています。まず、平野さんは「若者は本当に大変なのか」と問題提起をした上で、以下のような注目すべき発言をしています。

 

 「振り返ってみますと我々三十代は、教育改革のなかで、個性重視、個性を大事にしなさいということを小学生の頃から呪文のように言われ続けてきました。ところが、中学校や高校くらいで発揮できる個性というのは、なんだかよく分からないわけです。あんまり先生が個性個性というから、パーマをかけてみたりとか、制服を改造してみたりすると、今度は個性をはき違えるなとか言って怒られたりする。じゃあ個性って何なんだろう。野球部に入って野球を一生懸命やるのは野球が好きな人が個性を発揮しているということなのだろうかなとか、考えたりしていました」

 

 平野さんは、自分たちの世代は自分の個性を発揮できるような仕事をしたいと思いながら、そういう機会に恵まれなかった人間が大量に生まれたといいます。同じ世代でも、自分の思い通りの企業に就職できた者、ちょっと不本意だがここでもいいかなと妥協した者、まったく不本意な会社に就職した者、就職できなかった者、何をしていいか分からないから当面フリーターをしながら本当にやりたいことを見つけようと考えた者。そういった、いろいろなタイプに分かれてしまったというのです。


 平野さんは「私自身、作家にならなければ何になっていましたかということをよく聞かれますが、正直分かりません。そして、そういう人がいることを当然だと思うのです」と述べます。さらには、そういう人がいることは当然であるとして、次のように語ります。

 

 「なぜなら、世の中の仕事の種類、数というのは人間の個性に応じて作られているわけではなく、人間の社会生活の必要に応じて作られているからです。

 例えば、手紙を出したいと思ったときに、手紙を運んでくれる人が必要だから郵便局というのはできている。手紙を配達するのが得意な人がいるから、郵便局ができたわけではありません。人間というのは一人一人個性があって多様ですけれども、その多様さに応じて職業が作られているわけではなく、必要に応じて職業というものがあるわけです。ですから、人間の多様さの数に比して、必要に応じてできた職業の種類は、非常に限定的です」

 

 この平野さんの個性と職業についての分析は鋭いと思います。わたしの知っている人に、平野さんと同年代で自分の希望する職業に就けずに苦労している人がいるのですが、ぜひ彼に読んでほしい部分です。


 さらに平野さんは、次のように発言しています。

 

 「結局この三十代くらいの世代は、頑張ってもあまり良いことがない。頑張りきれないのでなんとか助けてほしいと言っても、でもそれは自分の努力が足りないんでしょと言われてしまう。受験勉強をしていたころの自己責任の考え方がもう一回蘇ってくるのだと思います」

 

 「『クローズアップ現代』で『助けて』と言えなかったという人は、就職氷河期よりはちょっと前に世の中に出て、最初はわりと景気のいい会社にいたみたいなのですが、そこはかなりノルマが厳しくて、体調を崩してしまう。体調を壊した後にもう一個下の団塊ジュニア世代の雇用を求めている層に組み込まれていくのですが、やはり、団塊ジュニア世代同士よりもある意味では『助けて』と言いにくかったと思います」

 

 わたしは、自身が三十代でありながら、同世代の真の姿を客観的かつ的確にとらえている平野啓一郎という人の分析眼に感服しました。


 「三十代の危機」を取り上げた「クローズアップ現代」は、非常に高い視聴率を弾き出したそうです。番組17年の歴史の中で、「オウム真理教」や「阪神淡路大震災」などと並び、なんと歴代ベスト10に入る数字だったとか。これは、同世代からの共鳴が爆発的に広がっているためだと推測されます。「自己責任」の呪縛から解放されず、「助けて」と言えずに孤立していく姿をテレビで観て、「他人事ではない」「明日は我が身」と共感する多くの三十代がいるのでしょう。

 

 本書の「おわりに」で、NHK福岡放送局 報道番組チーフ・プロデューサーの吉光賢之さんは次のように述べています。

 

 「やはりこれは彼ら『個人』ではなく、『社会』の問題であろう。そして社会に生きる一人一人が、自分のことのように考えなければならない問題でもあろう。自分を責め続けひっそりと生きている人たちが、ホームレスや自死を選ばず、希望を持って生きられる社会が、いま、早急に求められている。その構築に少しでも貢献すべく、私たちはこれからも発信し続けていきたいと思う」


 わたしは、個人の不幸を社会の責任とする考えは基本的に好きではないのですが、たしかにこの「三十代の危機」は社会に問題があると思います。それは「自己責任」という考え方を押し付けてきたなどというレベルの問題ではなく、国が年金行政を失敗したために、企業に尻拭いをさせているところなどです。

 

 つまり、わが国の企業は国から定年を迎えた社員の再雇用を強制されています。そのため中高年の雇用は確保できても、新卒者や若者の雇用が促進されません。これは、明らかに国家の責任を企業になすりつけています。わたしとしては、「再雇用者を取るか、新卒を取るか」を企業ごとに選ばせたら良いのではないかと考えます。

 

 このままでは、「三十代の危機」と並行して「二十代の危機」が起こってしまいます。そして、その時はすぐそこまで来ています。わたしは、一般に高齢者の味方と思われているようですが、一言だけ言いたいです。若者が働けない社会や国家に未来はない、と。