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場所と産霊』

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No.0216

 

 『場所と産霊』安藤礼二著(講談社)を読みました。

 

 まず書名から、まるで鎌田東二さんの著書であるような錯覚をおぼえました。鎌田さんには、『場所の記憶』(岩波書店)という著書があります。

 

 また、わが社のサンレーという社名には「SUNRAY」「讃礼」と並んで、「産霊」という意味があります。というわけで、本書はわたしの著書のタイトルだったとしても不思議ではないわけで、その意味で非常に興味深く読了しました。


 著者は1967年生れの文芸評論家で、著書に『神々の闘争 折口信夫論』(芸術選奨文部科学大臣新人賞)、『光の曼陀羅 日本文学論』(大江健三郎賞、伊藤整文学賞)などがあります。また、多摩美術大学准教授、芸術人類学研究所所員でもあるそうです。

 

 芸術人類学研究所といえば、かの中沢新一氏が所長を務めています。著者の出世作である『神々の闘争 折口信夫論』の推薦文も中沢氏が書いています。どうやら著者は、中沢氏の弟子筋に当たるようですね。


 本書には「近代日本思想史」というサブタイトルがついていますが、一読して「DNAリーディング」の本だと思いました。「DNAリーディング」というのは、わたしの造語です。拙著『あらゆる本が面白く読める方法』(三五館)でも紹介しましたが、いわゆる関連図書の読書法です。1冊の本の中には、メッセージという「いのち」が宿っています。

 

 その「いのち」の先祖を探り、思想的源流をさかのぼる、それがDNAリーディングです。当然ながら古典を読むことに行き着きますが、この読書法だと体系的な知識と教養が身につき、現代的なトレンドも完全に把握できるのです。

 

 現時点で話題となっている本を読む場合、その原点、源流をさかのぼり読書してゆくDNAリーディングによって、あらゆるジャンルに精通することができます。たとえば哲学なら、ソクラテスの弟子がプラトンで、その弟子がアリストテレスというのは有名ですね。また、ルソーの大ファンだったカントの哲学を批判的に継承したのがヘーゲルで、ヘーゲルの弁証法を批判的に継承したのがマルクスというのも知られていますね。マルクスの影響を受けた思想家は数え切れません。こういった影響関係の流れをたどる読書がDNAリーディングです。


 さらに、DNAリーディングの具体例をあげてみましょう。わたしは、『法則の法則』(三五館)という著書をDNAリーディングによって書きました。きっかけは、「引き寄せの法則」という言葉が大流行していたことからでした。「引き寄せの法則」とは、自分の強く願望するイメージは引き寄せられて必ず実現するという法則です。わたしは、「法則」という概念そのものについて興味を持ちました。そこで、まず、「引き寄せの法則」の関連本を片っ端から全部読みました。

 

 『「原因」と「結果」の法則』『ザ・シークレット』『思考は現実化する』『ザ・マスター・キー』などを読んでいくと、「引き寄せの法則」というものは、どうもキリスト教のプロテスタント運動に源流がありそうだということに気づきました。そこから、ニューソート思想というプロテスタントの流れを知り、さらにアメリカの思想家エマソンやスウェーデンの大神秘家スウェーデンボルグの思想にまで行き着いたのです。さらに、スウェーデンボルグのルーツは新プラトン主義を大成したプロティノス、その原型であるプラトンその人にまでたどり着きます。


 本書『場所と記憶』における著書の方法論も、DNAリーディングに近いように思います。

 

 本書の第1部「神秘の薔薇」には、アルゼンチンの作家ホルへ・ルイス・ボルヘスが登場します。20世紀における幻想文学の巨人であり、わたしも大の愛読者です。著者は、ボルヘスのDNAのルーツを、なんと、スウェーデンボルグに求めるのです。ボルヘスの父親は、ウィリアム・ジェイムズを中心とするプラグマティズムの研究者でした。そして、ウィリアム・ジェイムズの父親は、スウェーデンボルグ主義者でした。

 

 また、ボルヘスはエマソンの著書を非常に愛読していました。ボルヘスは、そのエマソンからスウェーデンボルグの神秘主義思想の体系とともに「図書館とは魔法の書斎である」というイメージを受け取りました。ボルヘスは、死ぬまでこのイメージに取りつかれ、それは「バベルの図書館」と呼ばれるようになったのです。しかし、本書は、スウェーデンボルグやエマソンたちのDNAが一気に日本に飛び、そこから近代日本思想の歴史が刻まれてゆくという大胆な仮説を示します。


 著者は、ボルヘスを「近代日本思想」の鏡像として位置づけています。なぜなら、ボルヘスが愛読した書物の数々が「翻訳」されることによって、日本における文学や思想のさまざまな原型が形作られたからです。北村透谷と岩野泡鳴は、エマソンを「翻訳」することによって文学の原型を作りました。そこから、象徴主義や自然主義が派生していきます。エマソンに憧れてアメリカに渡った鈴木大拙はスウェーデンボルグを「翻訳」することによって、東洋と西洋を融合させる宗教学の原型を作ります。

 

 さらに、ボルヘスはカーライルの影響も強く受けていましたが、カーライルは明治期の仏教改革論者たちによって「翻訳」され、そこから植民地主義と全体主義を内包したアジア主義の原型が作られたというのです。

 

 著者は、日本の「近代」が海外テクストの「翻訳」によって作られたと考えているのです。


 その頃、世界的に「オカルティズム」が大流行します。いわゆる「心霊主義」とか「神智学」が生まれていったわけですが、そのルーツもスウェーデンボルグ主義にありました。スウェーデンボルグの影響を受けつつ、古代ケルトの霊的世界と近代ヨーロッパの心霊学的世界を追求した詩人ウィリアム・バトラー・イェイツはノーベル文学賞を受賞します。

 

 イェイツの著書『ケルトの薄明』を英語で最も熱心に読んでいた日本人こそ、『遠野物語』を書きつつあった柳田國男でした。柳田が拓いた日本民俗学のルーツには、イェイツやスウェーデンボルグが存在したのです。


 壮大なDNAの旅は、まだ終わりません。本書の第2部「霊性と曼荼羅」は、「ロンドンの南方熊楠とシカゴの鈴木大拙」からスタートします。それぞれ、博覧強記の「大博物学者」、「世界の禅者」と呼ばれた巨人ですが、この2人から近代日本思想は急展開を遂げるのです。

 

 鈴木大拙は「霊性」、南方熊楠は「曼荼羅」というキーワードを掲げ、それぞれの道を歩みますが、著者は次のように述べています。

 

 「霊性と曼荼羅。そこから列島の近代がはじまる。そして、この二つの概念、霊性と曼荼羅によって、空間的な差異―東洋と西洋―と、さらには時間的な差異―古代と現代―もまた、一つに結び合わされる。それが『近代』のもつ可能性となる」


 鈴木大拙の「霊性」と南方熊楠の「曼荼羅」という2つのコンセプトは、ともに近代ヨーロッパで生まれた科学的な観点から読み解かれていきました。大拙の生活していたシカゴでは、当時の最先端科学とされていた心理学と宇宙論が盛んでした。また熊楠の生活していたロンドンでは、同じく最先端と考えられていた「心」の科学である心霊学と万物を一つにつなぐ生気的な生物論が流行していました。著者は、次のように述べています。

 

 「この心理学と宇宙論、心霊学と生物論の交点――それらはともにダーウィンの進化論の衝撃によって生まれた――に、熊楠と大拙は、それぞれ曼荼羅と霊性という概念を、伝統に沿いながら、しかもまったく新しく甦らせたのである。彼らは『近代』に根底的に抗おうとした。しかし『近代』そのものを否定したわけではない。『近代』のもつ意味を、その根本から変えようとしたのである。時間と空間を、独自の方法で一つにつなぎ合わせることによって」


 鈴木大拙と南方熊楠の大いなる試みは、さらに大きな果実を生み出します。近代日本に、本当の意味での「哲学」と「民俗学」が誕生したのです。著者は、きわめてドラマティックな出来事を次のように述べています。

 

 「大拙の側からは西田幾多郎の『哲学』が生まれ、熊楠の側からは柳田國男の『民俗学』が生まれる。そしてその二筋の道の交点からは、宗教と文学が渾然一体となった得意な表現者・折口信夫の営為が生み落とされることになる。おそらくそのような、時代の偶然でもあり必然でもあるような出会いに、この列島における『近代』の表現の起源とその可能性の極限が、ともに刻印されているのである」


 ここから、本書のタイトルともなっている「場所」と「産霊」の2大コンセプトが登場します。まず、「場所」は西田幾多郎が重要なキーワードとして使いました。著者は述べます。

 

 「西田にとって『場所』とは、生命が発生してくる場であり、同時に宗教が発生してくる場でもあった。そしてそれは大拙が説く、個別の自我を超えた、つまりは個別の『死』を超えた、精神と物質の差異を無効とする『霊性』の次元と異なるものではなかった」

 

 霊性は主―客の対立を乗り越えます。また、霊性は場所によって育まれ、場所は霊性によって深められてゆくとする著者は、さらに次のように述べます。

 

 「この互いに等号でむすばれた霊性と場所は、また、万人に対して平等に訪れる『死』を条件としてはじめて発動されるものでもあった。霊性=場所において、つまり『死』においてはじめて、人間は神と逆説的に合一することができる。宗教心とは絶対的な否定に直面した時に生まれるものなのだ。それは非合理を内に孕むものであり、死の自覚においてはじめて体得される何ものかなのである」

 

 わたしは、日頃から「死は最大の平等である」と唱えています。そのため、著者のこの発言には非常に共感しました。また、ともに金沢生まれで石川県立専門学校の同級生であった鈴木大拙と西田幾多郎の思想の根底には「死」への強いまなざしがあったと再確認することができました。


 では、もう1つの本書を代表するコンセプトである「産霊」とは何か。

 太平洋戦争が日本の敗戦に終わったとき、折口は「われわれの神は敗れたもうた」と悲嘆の極みにありました。彼は、最愛の養子であった春洋を硫黄島で失っています。しかし、折口は国家神道の解体と神道を「人類教」化するという新しいミッションを掲げて、自身の仕事を再開するのです。戦争が激しさを増す中、折口は大拙や西田と同じように「浄土」をこの地上に顕現させることをめざして表現活動を続けていました。

 

 神道の家ではなく浄土真宗の家に生まれた折口は、自ら浄土真宗の読み替え、つまり「死」を超克して、光の浄土をこの世に出現させることを夢見たのです。その結果、折口は「釈迢空」の筆名で、小説『死者の書』を書き上げました。その『死者の書』の末尾に、彼は「光の曼荼羅」を描いています。著者は、この折口が描いた「光の曼荼羅」について次のように述べます。

 

 「折口は光の曼荼羅を、『人類教』、すなわち普遍的な宗教にまで拡大された神道の根本を形づくる霊魂の発生=生成原理として捉え直すのだ。そしてそこに自身の神道が理想とする『神』を据える。それは国家神道の基盤となった人格神、『祖先神』とは決して相容れることのない、この世界の外に立ちながらも、なおかつ、この世界の内に現れ出でるありとあらゆるものに霊魂を付与する神、『産霊(ムスビ)』の神だった」


 さらに著者は、折口が再発見した「産霊」の思想史的意義を次のように説きます。

 

 「折口の『産霊』。それは大拙の『霊性』や西田の『場所』がそうであったように、世界戦争のなかから突如として生まれてきたものではない。西田の『場所』と同様、折口の『産霊』もまた、大正から昭和に元号が変わるという大きな時代の転換期に、自らの学を総合するものとして見出された理念なのだ。『古代研究』の最終巻を成り立たせる鍵として・・・・・。それが世界戦争を経ることによって、自らの学問を完成させる最後の、そして最も重要な概念として鍛え上げられ、磨き上げられたのである」

 

 折口信夫の「産霊」の起源をたどれば、平田篤胤の「産霊」にまで至ります。篤胤は、キリスト教を消化し、「産霊」を中心とした宇宙生成論である『霊能真柱』を書いた国学者です。そして篤胤のDNAを継承した折口の「産霊」、大拙の「霊性」、西田の「場所」は、驚くべきことに1点に収束されてゆきます。著者は、次のように述べます。

 

 「折口の『産霊』において、大拙の『霊性』において、西田の『場所』において、一と多、外と内、超越と内在は矛盾しつつ一つに調停される。大拙の『霊性』を媒介として、折口の『産霊』と西田の『場所』を一つに重ね合わせてみること。民俗学と哲学を通底させる宗教的思惟の原型を取り出すこと。それは近代日本思想史が成立する過程そのものを捉え直すことを可能にするとともに、その到達点をも明らかにしてくれるであろう」

 

 ここに、著者の展開する近代日本思想史はクライマックスを迎えるのです。


  本書には、他にもウィリアム・ジェイムズとともにプラグマティズムの旗手となった論理学者パースとフランス現代思想を代表するドゥルーズの思想が酷似しているとか、南方熊楠とフランスの哲学者フーコーが同じ両性具有の女性に強い関心を抱いていたとか、ともに「総合宗教」をめざした大川周明とルドルフ・シュタイナーの思想的共通性とか、とにかく興味深いエピソードが満載です。

 

 本書は、一般にはあまり知られていない人物も取り上げており、興味を惹かれました。

 たとえば、藤無染という僧侶がそうです。折口信夫の「釈迢空」という筆名は、じつは浄土真宗における死後の名前である「法名」でした。その法名を折口に与えた人物こそ、藤無染です。彼は、また同性愛者であった折口と同棲した最初の恋人でもありました。折口との同棲生活の傍ら、1905年(明治38年)に無染は『二聖の福音』という1冊の小冊子を編纂します。日本語と英語のバイリンガル版であったこの小冊子は、2人の聖人、つまりブッダとイエスの並行し同一である生涯と教説を集成したものです。まるで、明治時代の『聖☆お兄さん』のようなこの小冊子で、無染はブッダとイエスの同一性、すなわち仏教とキリスト教の同一性を日本人のみならず広く世界に主張したかったのかもしれません。一種の「総合宗教」をめざす無染の思想は、おそらくは恋人であった折口の「人類教」という考え方に影響を与えたのではないでしょうか。


 しかし、わたしが最も興味を惹かれた人物は、1893年にアメリカのシカゴで開催された「万国宗教会議」に出席した平井金三です。「万国宗教会議」とは、キリスト教をはじめ、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥー教、ゾロアスター教、ジャイナ教、仏教、儒教、道教、日本の神道など、ありとあらゆる世界の宗教の代表者たちが一堂に会した会議です。日本からは、臨済宗の釈宗演、真言宗の土宜法龍などの著名な宗教家が参加し、平井金三もその1人でした。しかし彼は、なんと「神智学」の代表として参加していたのです。

 

 神智学とは、ロシア生まれの霊能者へレナ・ペトロ・ブラヴァツキーが創始した純オカルト思想体系というべきもので、世界的に大流行しました。後にシュタイナーの「人智学」や、クリシュナムルティの「星の教団」などが派生しています。平井金三はその「神智学」の日本代表として、万国宗教会議に参加したのです。


 世界の宗教家を集めたにもかかわらず、この会議ではキリスト教の宣教師たちが我が物顔で高圧的な態度をとっていました。平井金三は、見事な英語で2度にわたる演説を行い、宣教師たちをはじめ、世界の宗教家を震撼させました。万博会場で行われた2回目の演説は会議そのものを締め括るものでしたが、平井金三は聴衆から万雷の拍手を浴びたといいます。それは、次のような内容でした。

 

 「仏教、キリスト教、儒教、神道また世界中の総ての宗教と信者は異なる幹線上の列車に乗る旅客のようなものである。それぞれ異なった幹線と地点から出発し異なる国の風景を経るが、最終的な目標は同じ、つまりこの万博会場である。これがここに出席した諸君の心の状態でもあるのだ。幹線が異なることについてとやかく言うのはやめていただきたい。この万博会場は列車の中でも馬車の中にでもなく、ここシカゴのあなた方の眼前にあるのです。あなた方はいま会場に居ます。宗教の違いについてとやかく言うのを止めよ。仏陀を殺せ。彼は列車の車掌に過ぎない。彼の書を燃やせ。真理はその中には無い。真理はあなた方の目の前にある。あなた方はその中にいるのだ。キリストに遠慮するな。彼は運転手に過ぎない。聖書を捨てろ。神はその中には居ない。あなた方の前に、あなた方の只中にいる」

 

 19世紀末のアメリカで、こんな凄いことを言い放った日本人がいたとは! まったく驚きですが、仏教の真如もキリスト教の真理も、じつは人間一人ひとりの中にこそ存在していると訴えた平井金三には、間違いなく「総合宗教」の理想がありました。


 そして、平井金三こそは「世界の禅者」とまで呼ばれた鈴木大拙の偉大な先駆者だったのです。著者は、平井金三について次のように述べています。

 

 「宗教学、社会主義、オカルティズム、アジア主義、換言すれば宗教的ラディカリズムの起源、つまりは左翼と右翼の起源、さらには、鈴木大拙と南方熊楠、大川周明と折口信夫等々、列島の近代を形作った、しかし相互にまったく関係をもたないように見える重要な事項や人物たちの間に、平井金三というファクターを一つ導入するだけで、そこに、これまでとはまったく異なった一枚の地図が浮かび上がってくることがわかるはずだ。その一枚の地図を利用することによって、列島の近代が孕みもっていた可能性と不可能性、両者の射程を間違いなく測定することができるのである」

 

 著者は、「後年になって、平井が関わったどの分野においても、それを大成する者が現れた」と述べています。鈴木大拙も、その1人でした。

 

 明治43年(1910年)、日本で2冊のオカルティズムの翻訳書が刊行され、大きな話題を呼びました。1冊は、鈴木大拙が翻訳したスウェーデンボルグの『天界と地獄』であり、もう1冊は平井金三が翻訳したブラヴァツキーの『霊智学解説』でした。「霊智学」とは、もちろん「神智学」のことです。この2冊によって、日本人は本格的なオカルティズムとついに遭遇したのです。

 

 この平井金三という人物、ちょっとやそっとでは理解できないスケールの大きさと奥行きの深さとを持っているようです。わたしにとっては、まるで賀川豊彦を初めて知ったときのような驚きと好奇心を抱かせてくれる人物です。これから、この平井金三について色々と調べてみたいと思います。


 それにしても、「産霊(サンレー)」というキーワードに吸い寄せられて読みはじめたわけですが、本書はまさにわたし好みの内容でした。そして、わたしは、DNAリーディングの同志を発見した喜びにあふれています。

 

 著者には、大江健三郎賞および伊藤整文学賞を受賞した『光の曼荼羅 日本文学論』(講談社)という600ページを超える大著がありますが、その内容は近代文学、その血脈の底流に迫る文学評論集だそうです。なんでも、埴谷雄高、武田泰淳、江戸川乱歩、南方熊楠、鈴木大拙、そして折口信夫・・・独自に存在する大著に思想の糸を通し、近代文学の本質に迫っているとか。

 

 また、最新刊の『たそがれの国』(筑摩書房)では、柳田國男の描いた生と死のあわいの薄明を透視し、折口信夫、泉鏡花、中上健次、村上春樹、大江健三郎、さらに笙野頼子などの特異な系譜の作品を読み解いているそうです。いずれも、DNAリーディングの匂いがプンプンするではありませんか。わたしは嬉しさのあまり、安藤礼二の著書を片っ端からアマゾンで注文しました。彼には、いつか、師である中沢新一、明らかに彼の研究分野の先達である鎌田東二という2人の現代日本を代表する思想家のDNAを読み解いてほしいと思います。

 

 著者は、本書の後記に「霊性と曼荼羅を現代に甦らせた鈴木大拙と南方熊楠、そこから場所と産霊という理念を導き出した西田幾多郎と折口信夫という四人の営為に寄り添っていくことが、私にとっての生涯のテーマとなるのであろう」と書いています。ならば、その4人の思想的子孫ともいえる中沢新一、鎌田東二の営為に寄り添うことも、また著者のテーマになりうるのではないでしょうか。