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いっぺんさん』

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No.0197

 

 いっぺんさん』朱川湊人著(実業之日本社)を読みました。

 

 帯には「今まで読んだ小説で一番泣けた」とのキャッチコピーが大きく踊っています。また、「じわじわ怖い、じんわり泣ける。傑作ホラー&ファンタジー集!!」とも書かれています。たしかに秀作揃いの書き下ろし短篇集でした。


 本書には、「いっぺんさん」「コドモノクニ」「小さなふしぎ」「逆井水」「蛇霊憑き」「山から来るもの」「磯幽霊」「磯幽霊・それから」「八十八姫」の9短編が収められています。それぞれの作品には、とても奇妙な味わいがあります。

 

 いっぺんだけ願いは必ず叶う神社の物語である「いっぺんさん」は驚きと感動の名作ですが、ネタバレになるので詳しい内容は書けません。この物語には著者の一貫したテーマである「時代の翳り」も扱われています。

 

 また、鳥使いの老人と少年の心の交流を描いた「小さなふしぎ」、田舎に帰った作家が海岸で不思議な女に出会う「磯幽霊」など、物語の情景が鮮やかに目に浮かぶようで、そのまま映画にしたくなります。


 そして、わたしが一番好きなのは、最後の「八十八姫」です。

 いわゆる人身御供ものですが、ハスミという少女が山のお嫁さんになると決まり、彼女に淡い恋心を抱いていたヒロという少年は狼狽します。ハスミが最後の思い出に両親に東京見物に連れて行ってもらい、ヒロにおみやげの東京タワーのミニチュアを渡すところなど、涙なしでは読めませんでした。そして、ハスミは別れを悲しむヒロに「必ず、また会えるから」と励まして、こう言います。

 

 「大丈夫。ちゃんと会える。でも、そん時は、きっと今のハスミの格好はしてねぇと思うから・・・・・もしかすっと、ヒロくんの方が気づかねぇかもしんねぇな」

 

 この言葉をハスミから聞いたヒロは、彼女が山のお嫁さんになった後、彼女を求めて何度も山に出かけます。「八十八姫」には、次のように書かれています。

 

 「確かにその言葉通り、初めはまったく気がつかなかった。何度山の中を歩いても君らしき影を見ることはなかったし、君が化身したと感じられるような動物に出会うこともなかった。

 けれど、ある時、ふと気づいたのだ。

 この山を渡ってゆく風―それは、君の息吹そのままだ。

 その風に揺れる緑のざわめき―それは君の囁き声だ。

 二人で時を過ごした河原に行けば、川のせせらぎが君の笑い声に聞こえる。足元の石を拾って握りしめれば、なぜだか、ほんのりと温かい。

 (君は山になったんだね)

 (この山のすべてに、君の命が溶け込んでいるんだね)

 それを悟った時の僕の嬉しさが、君に伝わるだろうか。

 確かに君は、すでにハスミの姿をしていないけれど、もっと大きな、もっと普遍なものに変じていたのだ」


 これは、あの「千の風になって」そのものの世界ですね。わたしも、死別した人とは必ずまた会えると思っています。しかし、その再会の仕方はさまざまです。天国で会えることもあれば、生まれ変わった相手とこの世で会えることもある。そして、光や風になって会えることもあるのです。それは、わたしが作詞した「また会えるから」にも歌われています。

 

 『かたみ歌』『花まんま』『都市伝説セピア』『白い部屋で月の歌を』、そして『いっぺんさん』と読んできて、わたしはそのすべてに死者との再会の物語が含まれていることに気づきました。いずれも「また会える」というメッセージが込められているのです。

 

 そうです、朱川湊人という作家の正体は、グリーフケア文学の旗手だったのです。わたしは、彼の一連のグリーフケア文学を一気に読み終えました。そして、今日で"四十九日"を迎えるハリーのことを思い出しました。


 わたしは、朱川湊人を現代日本を代表するファンタジー作家だと思います。グリーフケア文学とは、ファンタジーという形式と相性が良いのです。

 

 わたしは昨年の秋、『涙は世界で一番小さな海』(三五館)というファンタジー論を刊行しました。その本で、アンデルセンの「人魚姫」「マッチ売りの少女」、メーテルリンクの「青い鳥」、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」、サン=テグジュペリの「星の王子さま」について書きました。これらの作品は、やさしく「死」や「死後」について語ってくれるばかりか、この地上で生きる道も親切に教えてくれます。さらには、「幸福」というものの正体さえも垣間見せてくれるのです。

 

 わたしは、これらの作品を「ハートフル・ファンタジー」と呼びました。「死」の本質を説き、本当の「幸福」について考えさせてくれるハートフル・ファンタジー。それは、読む者すべてに「老いる覚悟」と「死ぬ覚悟」を自然に与えてくれます。

 

 わたしたちは、どこから来て、どこに行くのでしょうか。そして、この世で、わたしたちは何をなし、どう生きるべきなのでしょうか。そのようなもっとも大切なことを教えてくれる物語がハートフル・ファンタジーなのです。 


 これまで数え切れないほど多くの宗教家や哲学者が「死」について考え、芸術家たちは死後の世界を表現してきました。医学や生理学を中心とする科学者たちも「死」の正体をつきとめようとして努力してきました。

 

 それでも、今でも人間は死につづけています。死の正体もよくわかっていません。実際に死を体験することは一度しかできないわけですから、人間にとって死が永遠の謎であることは当然だといえるでしょう。

 

 まさに死こそは、人類最大のミステリーであり、全人類にとって共通の大問題です。その謎を説明できるのはハートフル・ファンタジーしかないと思います。なぜ、自分の愛する者が突如としてこの世界から消えるのか、そしてこの自分さえ消えなければならないのか。これほど不条理で受け容れがたい話はありません。その不条理を受け容れて、心のバランスを保つためには、物語の力ほど効果があるものはないのです。

 

 どんなに理路整然とした論理よりも、物語のほうが人の心に残るものです。そして、もっとも人の心の奥底にまで残る物語とはハートフル・ファンタジーに他なりません。それは、人類最大のミステリーである「死」や「死後」についての説明をし、さらには人間の心に深い癒しを与えてくれるのです。

 

 朱川湊人の作品からは、ハートフル・ファンタジーの豊かで優しい香りがしてきます。