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ヒクソン・グレイシー 無敗の法則』

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No.0198

 

 ヒクソン・グレイシー 無敗の法則』ヒクソン・グレイシー著、ミゲール・リーヴァースミクー構成(ダイヤモンド社)を読みました。

 

 著者は、総合格闘技の世界を変えた「グレイシー柔術」における最強戦士として知られ、なんと400戦無敗を誇ります。高田延彦や船木誠勝など、日本人の強豪も倒してきました。わたしは、それらの試合を東京ドームで実際に観戦しました。著者の異様なほどに巨大なオーラを体感したことを記憶しています。


 「はじめに」で著者は、「この本で伝えたかったことは、私が歩んできた道や、残した足跡ではない。それは、多くの人が自分の可能性を眠らせたままにしているということだ。その大切なことを伝えるために役に立つエピソードなら、個人的な話もありのまま書いたつもりだ」と述べています。そして、「何よりも伝えたかったのは、私がやり遂げたことは誰にでもできるという真実なのだ」とも述べています。

 

 著者がやり遂げたことというのは、格闘技の歴史に残る偉業です。でも、もちろん本書はグレイシー柔術についての本ではなく、人生についての本です。それも「勝つ」ことではなく、絶対に「負けない」ことの大事さを説く人生の本です。


 本書を読んで、納得できる部分と疑問に感じた部分とがありました。まず、納得できたのは著者の次のような発言です。

 

 「相手を尊敬するのは重要なことだ。そのためには謙虚でなくてはならない。謙虚であることは私の長所の一つだと思っているし、どんなときも、自分が人より優れているとは考えないようにしてきた。闘う上では、自分のほうが有利だと考え始めたとたんに、足場を失うことになる。相手のさまざまな特徴を理解するどころか、気づくことさえできなくなるからだ」(42頁)

 

 「現実の人生では、目的地にたどり着くためには、戦略を立てなくてはいけない。情熱が必要だ。全力を傾けなくてはいけないし、やる気も欠かせない。何かを成功させるために必要なものは、運ではないのだ。物事には、意外と簡単だったり、予想外に難しかったりすることもあるだろう。それでも必ず途中に立ちはだかる困難を乗り越えなくてはいけない」(44頁)


 「恐怖とは何か? それは、自分を守るために脳が出す一種のメッセージではないだろうか。恥をかくようなことをするな、自分を傷つけるな、愚かなことはやめろ、という脳からの指令だ。大失敗をすることのないように、脳が、これはやめろ、あれはやるな、と指示を出す。それが恐怖の正体だ」(49頁)

 

 「恐怖は、相手の正体がわかれば消える。だから、恐怖を克服するために最も重要な方法とは、自分の恐怖がどこから生まれたのかを、しっかり理解することだ。怖いからといって目を閉じてはいけない。恐怖に取りつかれたまま、その原因を見つめようとしない人があまりに多い。そこから一歩踏み出さなくてはいけないのだ」(55頁)

 

 「死ぬ心構えができているなら、何を恐れる必要があるだろうか? 私が闘いに臨むとき、心はいつもそんな状態だった。あとは全力で進むだけだ。敵さえ関係ない。『もし・・・・・だったら』と考えるのは試合の前日までだ。当日の朝起きると、いつも私は『ああ、今日は、やるにもやられるにもいい天気だ』と言える状態だった」(59頁)


 「『いえ、もうこれぐらいで充分だと思う』。これで充分とは最悪の言葉だ。充分だって? 完璧ではないなら、続けなくてはいけない。分かった、ほとんど完璧だというなら今日は休んでもいいだろう。ただし、明日からまた続けるべきだ。『わかった。もう充分だ』。いったいどういうことだろう。負けを認めたということだろうか? 私には分からない。この『充分』という程度で満足している人が、あまりにも多い。おそらく『充分』の意味にさえ気づいていない。わたしは『充分だ』という言葉が一番嫌いだ」(181頁)

 

 「私は二十一世紀の戦士にこう言いたい。自分を変えるために、最も重要なのは意思だ。その力で人と競うのではない。運にたよることなく、見えない力を身につけ、人の役に立つ人間になる。このときも成功をイメージすることが非常に重要だ。変化を起こす前にイメージして心の中でいったん現実のものにする。その具体的なアイデア、なりたい自分について、心の中にはっきりしたイメージを持ち続ける」(229頁)


 一方、著者の次のような発言には疑問を感じました。

 

 「自分を中心に考えることは、生きることの基本だ。そう感じられない人は、間違った道を歩んでいるのだと思うたとえば、昔の戦士の象徴であるサムライはどうだろう。個人的に、私は武士道を愛し、サムライが信じて守り続けた信念のすべてを愛している。しかし、奉仕するという考え方だけは、立派だとは思うものの好きになれない。自分らしさを出さない。自分のことは一切考えない。自分自身の幸せも、一番になることも求めない。たしかに完璧で非の打ち所のない戦士だといえる。しかし人間としては弱い。主人に仕えるために自分自身を殺し、自分の人生を見失っているからだ」(83頁)


 「何よりも手に入れるべきなのは、幸せだ。自分の幸せを見つける以上に大切なことなどない。どこかの工場で仕事について、心を殺して死ぬまで働き続けても、工場の所有者が金持ちになるだけだ。そんなことには、貴重な時間を使うだけの価値がないと、私は思う」(84頁)

 

 「戦士にとっての幸せは、城を征服することだ。城を占拠して住み始めると、もう幸せではなくなり、征服するべき別の城が必要になる。闘うための戦が、やるべきことが必要になる。ただ城の前に立って城を守っているだけでの兵士は、幸せとは言えない。彼は番犬ではなく戦士なのだ。闘い続けなくてはならないのだ」(84頁)


 「自分にとって何が最も重要だと思うかと聞かれて、『自分自身だ』と答えた人以外はみんな間違っている。『人生で一番大切なのは、息子と娘だ』。それは違う。自分が幸せでないなら、子供たちにできる限りのことをしてやれない。二番目に大切なのが子供、そして妻、次が車、その他まだまだ続くだろうが、一番は自分でなくてはいけない。自分が最高の状態でないなら、他のこともうまくいかないのだ」(87頁)

 

 「自分を一番に置けない人は弱い。何より大切なのは『私』のはずだ。幸せで、力を持っていれば、愛情のすべて、ありったけのアドバイス、たっぷりの安らぎ、お金、何もかもを与えることができるだろう。そしてすべてを与えても、強いままでいられるし、世界の中心にいられる。自分と同じぐらい、いや、それより強くて大きな何かを生み出すことができる。自分を大切にし、自分を好きでいるべきだ」(87頁)


 わたしは、これらの発言を読んで、最初は冗談ではないかと思ったぐらい違和感を抱きました。たしかに著者は柔術の達人であり、格闘技の歴史に偉大な足跡を残しましたが、この発言から彼を人生の達人だと思う人がいるでしょうか。

 

 露骨な自己愛や利己主義の肯定は、もしかすると著者の祖国であるブラジルの貧しさと関係があるのかもしれません。実際、本書にも貧しいブラジル人たちのエピソードが多く登場します。その中から這い上がり、のし上っていくためには、自分を一番に置くという意識の強さが求められるのでしょうか。

 

 著者は「自分を一番に置けない人は弱い」と述べていますが、わたしは弱くて結構だと思います。しかし、この日本人には馴染まない(最近の日本人には多いのかもしれませんが)利己的な価値観から武士道を評価することはやめてほしいと思います。結局、グレイシー柔術とは殺人技術としての「武術」ではあっても「武道」ではないのでしょう。「武道」とは、"利他"という高い精神性を備えた「武士道」に通じるものです。

 

 著者の発言を読んでいて、いまだ流行している拝金主義的なチープな成功哲学を連想しました。「あなたの年収が十倍になる○○法」といった類のアレです。いわゆる「引き寄せの法則」に属するものでしょうが、著者も成功したイメージを描くことの重要性を強調しています。

 

 「引き寄せの法則」は金銭欲や出世欲などの欲望に直結する部分が危険であり、いったん成功を得た後には思わぬ不幸が待っているという黒魔術的な側面があります。わたしは、そのことを『法則の法則』(三五館)で書きました。

 

 実際、著者も東京ドームで船木誠勝を破って人生の絶頂を迎えた後には思わぬ不幸に見舞われました。長男のホクソン・グレイシーを18歳で亡くし、さらには愛妻と心が離れて離婚したのです。しかも、ほとんどの財産を慰謝料代わりに別れた妻に与え、本人は一文なしに近い状態になってしまいました。


 じつは、本書で最も読みごたえがあったのは、けっして著者の成功哲学などではなく、人生のどん底に在ったときの著者の心境でした。特に、長男を失った深い悲しみから立ち直ってゆく様には感動を覚えました。著者は、「息子を失う日までは、必ず明日が来ると思っていた。突然やってきた胸の張り裂けるような別れによって思い知ったのは、その日のうちに問題を解決するのがどれほど大切かということだ」と語り、さらに次のように発言しています。

 

 「明日が必ず来るとは限らない。私にそう気づかせてくれたのが、亡くなった長男のホクソンだった。それがどんなに価値のあることか私には分かっている。だから今では、すべてを前向きにとらえることができる。悲しい思い出は、こうして価値ある出来事に生まれ変わった。ありがたいことだと思った。悲しみを乗り越えたところに、感謝するべきことが生まれたのだ」(72頁)


 人は、本当に大切なものを失ったとき、どうすべきなのか。腕を失った人は、何もなかったふりをすることはできません。二度とボールを投げることはできません。腕を失ってしまえば二度と普通の暮らしはできなくなり、人生は変わってしまうのです。どうしても前向きに考えることができないとき、どうするか。著者は「失ったことを感じるしかない」と言います。そして、次のように語ります。

 

 「自分を押し殺さず、苦しみをかみしめる。それはまるで、足を鎖で縛られて、大きな石につながれ、船から放り出されたような感じだ。深く深く沈んでいく。そして底まで沈んだら選択しなくてはいけない。水面へ浮かび上がりたいのか、一生そのまま沈んでいたいのか。沈んだままでいれば、惨めな気持ちでいようと、酒におぼれようと、ドラッグに走ろうと、正しいことをしているように思えるだろう。自分の人生を終わりにすることさえ、正しいことだと感じられるだろう。弱い人間は、ずっとそこにいることになる。

 

 いずれにしろ、一度は沈まなくてはいけない。心の底から泣く。身を切られるような苦しみを感じる。世界に背を向ける。それから、もし浮き上がるなら、生まれ変わらなくてはいけない。たとえば、腕、息子、仕事、妻、家など何か大切なものを失った自分として再出発する。そうして生まれ変わった人は、強さ、幸せ、どんなものでも取り戻すことができる力を、自分が再び手にしていることに気づくだろう。私がまさにそうだった。ある時期、何にも興味が持てなかった。深く沈んでいた。しかし私は、もう一度浮かび上がると決めた」(68―69頁)

 

 わたしは『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)という本を書きましたが、このヒクソンの発言を読んで、本当に心から感動しました。世界中の「愛する人を亡くした人」たちに読んでほしい言葉です。


 著者は、悲しみのどん底にあったとき、自宅の庭にあった大きな木に登ったそうです。その木の上からの眺めが本当に美しかったので、そこで亡くなった長男と話をするために、そこにデッキを設置しようと考えます。すべて自分ひとりだけの手作業だったので3週間ほどを要する大変な作業となりました。その頃の著者は、食事をして、材料を買い、大工仕事をすることだけでした。著者は、次のように語っています。

 

「朝日が昇ると同時に取りかかり、他のことは何もせず、木を切ったり、命綱にするハーネスを買いに行ったり、関係のある作業はどんなに小さいことでも一人でやった。問題が起こるたびに解決していく。山のような作業を終えて、ついにデッキが完成したとき、私はそこに息子の写真を置き、すべて終わったのだと実感した。何もかも、持てるもののすべてを、息子に与えたような気がして、心の中にいる息子を誇りに思った。このデッキを作ったことに喜びを覚えた。そのとき、私はとても広い視野で物事を見ようとしていた」(70頁)

 

 これほど感動的な「癒し」の物語は他にありません。本書は、成功法則の書としてではなく、グリーフケアの本として広く読まれるべきです。