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歴史入門』

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No.0167

 

 歴史入門』フェルナン・ブローデル著、金塚貞文訳(中公文庫)を読みました。

 

 成毛眞氏の著書『実践!多読術』を読んで本書のことを知り、非常に興味を抱いたので、早速注文して読みました。


 ブローデルは、20世紀を代表する歴史学者として知られています。20世紀の歴史学者といえば、大著『歴史の研究』を著したアーノルド・トインビーが有名です。ある意味で文学的なトインビーの問題提起を近代世界の構造の中で解き直したのがブローデルだと言えるでしょう。

 

 ブローデルは、新しい歴史学「アナール派」を代表する歴史学者です。「アナール」とはフランス語で「年報」といった意味ですが、1929年にマルク・ブロックとリュシアン・フェーヴルによって創刊された学術雑誌『経済・社会史年報』に集まったグループが「アナール派」と呼ばれたのです。

 

 創刊人であった二人が亡くなった後、1956年以降、同誌はブローデルに運営を委ねられました。その後、独自の歴史学を展開したブローデルは、この派の総帥として君臨し、「アナール派」は「ブローデル学派」といった趣を呈するようになったのです。本書の「解説」で、フランス現代哲学者の金塚貞文氏は次のように述べています。

 

 「実際、ブローデル、そして、アナール派の登場は、歴史学のみならず、人間科学の全分野に大きな衝撃と影響を与えるものであった。それは一言で言ってしまえば、目のつけどころが違っていたのだ」

 

 金塚氏によれば、それまで歴史と言えば、時間軸、つまり縦軸にそって時間を区切る方法が主流でした。その区切った時間の中から、戦争や革命や国家の興亡といった政治的ないし軍事的な事件の展開を順を追ってたどります。そして、それらの出来事をつなぐものとして、経済や文化の状況が参照されるといったようなものだったのです。

 

 すなわち、そこでは歴史の主役とはあくまでも政治的な出来事であり、歴史とは政治史のことでした。そうした歴史把握に対して、ブローデルそして彼が率いるアナール派は、二つの意味で目のつけどころが違いました。金塚氏は述べます。

 

 「ひとつには、過去の考察に際して、縦軸の他に、横というか、水平の軸を、言い換えれば、時間の概念の他に、空間の概念を導入したこと。政治的な事件の展開を追うのではなく、政治的な出来事をも含んだ、ある一定の幅をもった過去の時間を、言わば、輪切りにして、その切り口の、年輪ならぬ、層をなした断面をほぐして点検するという方法論である。そして、もう一つは、重なり合った層の中で、とりわけ、一番下になった層、ブローデルが『物質生活』と名づけた、人々の日常生活の層に注目したこと。これまでの歴史学ではほとんど触れられることのなかった、この最底辺をなす層に光を当て、そのごくゆったりとした動きの中に、歴史を捉え直そうとしたことである」

 

 それは、金塚氏の表現によれば「頭や目の動きからではなく、胸から下の身体の動きから、人間の歩みを捉え直す」試みであったと言えます。その結果、人口、衣食住、風俗流行、貨幣、都市といった現象が、初めて歴史学者によって、生き生きと内容に満ちたものとして考えられ、描かれたのです。


 本書はブローデルの代表作である『物質文明・経済・資本主義』という大著の内容を、講演の形で大まかに紹介したものです。コンパクトにまとまった本書の目次構成は次の通りです。

 

第1章 物質生活と経済生活の再考

  1 歴史の深層 

  2 物質生活

  3 経済生活――市と大市と取引所

  4 市、大市、取引所――ヨーロッパ世界と非ヨーロッパ世界

 

第2章 市場経済と資本主義

  1 市場経済 

  2 資本主義という用語 

  3 資本主義の発展

  4 資本主義の発展の社会的条件――国家、宗教、階層

 

第3章 世界時間

  1 世界=経済(エコノミ・モンド)

  2 世界=経済の歴史――都市国家

  3 世界=経済の歴史――国民国家

  4 産業革命

 

 以上、たったこれだけのシンプルな構成で、歴史としての資本主義を独創的に意味づけるブローデルの力量は驚異的です。まさに、時間軸を輪切りにして、人間の歩みを生き生きと描き出していると言えるでしょう。

 

 文庫本で200ページにも満たない小著ですが、本書『歴史入門』はアナール派歴史学を学ぼうとする人にとっての最高の入門書なのです。