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白山の水』

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No.0131

 

 白山の水』川村二郎著(講談社文芸文庫)を読みました。「鏡花をめぐる」というサブタイトルがついています。

 

 著者は、2008年に80歳で亡くなったドイツ文学者です。少年時代の金沢体験を出発点として、泉鏡花の作品世界を地誌的あるいは民俗学的に読み解いた長編エッセイです。


 本書は全部で21章からなっていますが、そこには章題として鏡花文学のキーワードがずらりと並んでいます。金沢、川、橋、水死、水神、蛇、白、メルヘン、化物、盲人、隅田川、深川、カロン、小人、変化、峠、鳥、社、遊行、白神、金沢・・・といった具合です。本書の第1章「金沢」は、次の一文で始まっています。

 

 「金沢は最初の異界だった。」

 

 さりげなく書かれた短い書き出しですが、ただならぬ妖気を漂わせています。

 

 著者は昭和3年に名古屋で生まれましたが、陸軍軍人だった父親の転勤にともなって、静岡、東京を経て、昭和13年に金沢に移り住んだのです。10歳の夏でした。その夏の金沢は暑く、著者はそこで忘れられない体験をします。3歳年下の妹が亡くなるのです。妹は新しい学校に転校し、毎日炎天下の校庭で、鍛錬のためと称する徒手体操を課せられましたが、日射病になって、あっけなく死んでしまいます。そのときの様子を描いた次のような著者の回想は、愛する人を亡くした人ならではの心情が滲み出ています。

 

 「下の表の座敷に妹は寝かされていて、まわりで家族みなが泣いていた。かつて目にしたことのない父親の涙を見て、こちらももちろん泣いた。泣いたが、悲しいという気持はまるでなかった。かわいそう、ふびん、あわれ、情緒がそういった言葉に形を借りて動きだすのは、直面している事柄にある程度距離を取るだけの、心のゆとりが生じた場合に限られるので、不意打ちの衝撃が心に充満した瞬間、そこに情緒が割りこむ余地はなくなってしまう。」

 

 「死を唐突な暴力として、この時初めて目の前に見た。同じ死でも、長く病んで、あるいは老い衰えて、こちら側から向こう側へ次第に移って行くさまが目に見えれば、まだしも心の用意ができたろう。昨日まで妹の明子であったものが、一晩で智月明光童女という気疎い存在に変わってしまう。これはいかにも理不尽な、むごいとしか思いようのないことだった。」

 これは、家族の死についての心の内を見事に表現した名文ではないかと思います。

 

 その頃、女学生だった著者の5歳年上の姉はその後もずっと、妹は金沢に殺されたのだと言い続けたとか。いずれにせよ、玄関が東北を向いた広くて陰気な金沢の家での生活は、家族の中の小さな一人の死とともに始まったのです。金沢での生活は1年ほどでしたが、著者にとって死の雰囲気が漂う街。それが金沢だったのです。


 死の雰囲気が漂う街は、泉鏡花という偉大な幻想作家を生み出しました。本書には、著者が鏡花文学の中で最も愛するという『春昼・春昼後刻』をはじめ、『照葉狂言』『歌行燈』『高野聖』など、鏡花の名作に対する著者の想いが書き綴られます。

 

 また、著者自身の専門であるドイツ文学、それもロマン派の名作が並行して取り上げられています。たとえば、フケーの『ウンディーネ』、ホフマンの『黄金の壺』『悪魔の霊薬』、ハウプトマンの『沈鐘』、ハイネの『流れる神々』など。鏡花をドイツロマン派と照らし合わせて論じることの意義を説きながら、著者は次のように述べます。

 

 「何も幽霊が出てくるとか、人里離れた一軒家の話が多いとか、表面的な意匠の類似からそのことをいうのではない。意匠もたしかに無関係ではないが、むしろ意匠の底にあって意匠を生みだす想像力の共通性が問題である。それは日本やドイツといった国家ないし民族の区別を超えた、人間の生存の根にかかわる想像力、生の圏を形作るエレメントに即する想像力にほかならない。」


 著者は、そのエレメントの第一は何といっても水だといいます。水なしでは人間は生きることができませんが、水の中でも生きることができません。水は、人間を生かしかつ殺すのです。その分かちがたい親しさと恐ろしさを、『ウンディーネ』も『春昼・春昼後刻』も、ともに見事に表現しているというのです。

 

 また、著者はドイツロマン派を代表する作家であるホフマンと鏡花とを次のように比較したりもしています。

 

 「おそらく『金の壺』のホフマンは、『春昼・春昼後刻』の鏡花ほど強く夢を信じてはいないのだ。だから愛らしい蛇がそこから生れ、またそこに回帰するはずの夢の国、アトランティスの情景も、一時過ぎれば現実の風に吹かれて消え失せかねない、虚空に描かれた幻のような不安げなたたずまいを見せている。表現のイロニーがたえず夢の浄福をおびやかす。

 鏡花にイロニーがあるとすれば、事柄自体のイロニーである。無残な生と死が聖化を約束し、妄想の所産でしかないような夢が真実を保証する。夢の強度が現実を圧服する。

 どちらが秀れていて、どちらが劣っているという話ではない。ただホフマンが近代だとすれば(『金の壺』には「近代のメルヘン」という副題がついている)、鏡花は近代以前である。」


 また、柳田國男と折口信夫という日本民俗学の二大巨人と鏡花との交友の描写も興味深いものがあります。柳田は鏡花の親友であり、折口は鏡花の文学をこよなく愛していました。柳田は『遠野物語』でオシラ神を紹介しましたが、この知識を得た鏡花は、『海山評判記』などの自身の作品に取り入れます。鏡花は、オシラ神の本地本領は白山の姫神、白山の女体権現ではないかと考えていたようです。

 

 白山は、石川県と岐阜県の境のそびえる成層火山で、主峰の御前峰の標高は2702メートルです。いわゆる白山信仰の本拠となる霊山です。じつは、わたしは、この白山が大好きなのです。

 

 わが社は石川県全域でも冠婚葬祭事業を展開していますが、小松市の「今江紫雲閣」という施設がまさに白山を仰ぎ見る場所に建っています。2年前にオープンしたのですが、その竣工式で、わたしは「昔より今へとつなぐ孝の糸 紡いで仰ぐ白山の峰」という短歌を詠みました。その場所から白山を見ると、魂が疼くような神秘的な感情が湧いてきます。

 

 わたしが思うに、アルプスの崇高さがドイツロマン派に霊感を与えたように、白山も鏡花という稀代の幻想作家のインスピレーションに影響を与えているのではないでしょうか。


 本書は、わたしのような鏡花好き、また金沢好きにはこたえられない魅力を持った書物ですが、最後に著者は久しぶりに金沢を訪れた感想を次のように書いています。

 

 「金沢の夏の暑さは、昭和十三年に初めてこの土地に着いた日々に、骨身に沁みている。戦災に遭わぬ、魔所めいた影に富んだ街とはいえ、戦後の物質的繁栄の大波は、明らかに金沢をもどっぷりとひたしていた。金沢駅前の変貌は、六十年前はおろか、二十年前十年前と比べても、戸惑いを引き起こすほどに激しいといわねばならぬだろう。高層ホテルの林立は、いかに人気観光都市とはいえ、過当競争になっていはせぬかと、他人事ながら少々気がかりになるほどのことだった。しかしその種のホテルの、最上階のラウンジに腰を下して見渡すと、北の視界には越中と能登へ向う鉄道線路と線路を横切る浅野川下流の風景がひろがり、南には市街の彼方に東山のゆるやかな緑の稜線が望まれる。時代は変り様相は変っても、『歌のわかれ』で中野重治がいう、『ぼんやりと眠っている体』の趣は、今でも失われ切ってはいないなと、眺めていて何となくほっとするのだった。」

 

 著者がこの文章を書いたのは、おそらく本書の初版単行本を上梓した平成12年のことと思われます。

 

 今年の金沢も猛烈に暑いですが、久しぶりに金沢の暑い夏を経験した著者の脳裏には、きっと懐かしい亡き妹の面影が浮かんだのではないでしょうか。わたしは、本書を真夏の金沢で読めて、まことに感慨深いものがあります。

 

 ますます金沢への、そして鏡花への想いが強くなりました。