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幽霊記』

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No.0132

 

 幽霊記』長尾宇迦著(新人物文庫)を読みました。

 

 著者は、1926年に旧関東州大連に生まれ、岩手県立高校の教員を経て、作家となった人です。64年に「山風記」で第2回小説現代新人賞を受賞し、87年には本書「幽霊記―小説・佐々木喜善」で第98回直木賞候補となっています。


 本書には、「小説『遠野物語』」の副題がついています。柳田國男の『遠野物語』が生れる、ひいては日本民俗学が誕生するきっかけとなった佐々木喜善という人物が「幽霊記」には描かれています。遠野出身の彼は、「佐々木鏡石」の筆名で小説などを書いていました。柳田の不朽の名著『遠野物語』初版序文には、冒頭に次のように書かれています。

 

 「此話はすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり。昨明治四十二年の二月頃より始めて夜分折々訪ね来り此話をせられしを筆記せしなり」

 

 すなわち、『遠野物語』とは、佐々木喜善の語った物語なのです。その話を聞いた柳田が『遠野物語』にまとめ、それが日本民俗学を生むまでの重要な作品となったわけです。柳田の名声の陰で、佐々木は小説家として挫折してゆきます。彼の屈折した心と報われぬ人生が、「幽霊記」には見事に描かれています。


 興味深かったのは、『遠野物語』が刊行されてからの文人たちの反応です。

 

 三木露風が「柳田氏は、この『遠野物語』をもって、ある種の学問と言いたいところらしいが、やはり、文学とうけとるべきです」と言えば、北原白秋が「もちろん、文学ですな。これは幽霊譚に尽きます」と答える。また、田山花袋は「道楽仕事」とけなし、島崎藤村は「趣味学」と決めつける冷たい反応でした。

 

 ただ一人、泉鏡花だけは、「これぞ、日本人の胸を轟かせるもの、魂のありようを活写せるもの、山神も来たりて舞うべし」と、大変な熱の入れようだったそうです。その鏡花の感想について、喜善は「さすが鏡花だ」と思います。なぜなら、喜善は鏡花の愛読者だったからです。本書には、次のように書かれています。

 

 鏡花の幻想を駆使した『高野聖』を、暗誦するほど読みかえしたものだ。あるいは、鏡花が新聞に寄稿した、幼少時に死別した母への憧憬が、自己の文学の基盤だとする一文に強い感動を覚えた。喜善の筆名の鏡石は、鏡花への傾倒の表われだった。喜善がめざしている文学の主題は、あり得べからざる人生の不思議であり、それを故郷の遠野に息づく伝説を素材にしている。(「幽霊記」より)


 さて、本書は、表題作の「幽霊記」をはじめ、千島探検の郡司成忠に冒険の夢をかける反骨の医師を描いた「熱血記」、平民宰相として名高い原敬への無償の奉仕に生きた男を描く「幇間記」の計3編が収録されています。

 

 いずれも、歴史に名を残した偉人の影でひっそりと生きた人物を主人公としている点が共通していますが、これは著者の生き方にも関係しているのでしょう。

 

 なお、直木賞の選考委員であった五木寛之氏は、「幽霊記」について、「行間のどこかに縄文文学の歯ぎしりがする」と書いています。そういえば本書の三作品の主人公には、いずれも縄文人のたたずまいがあるような気がしてきました。