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告白』

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No.0142

 

 告白』町田康著(中公文庫)を読みました。

 

 湊かなえからの『告白』つながりですが、本書は「朝日新聞」が選ぶ「ゼロ年代の50冊」の1冊に選ばれ、一躍、有名になった本です。


 「ゼロ年代の50冊」とは、2000年~2009年に刊行されたすべての本の中から名著を選ぶという試みです。50冊の中に入っただけでも大変なことですが、本書はなんと、1位のジャレド・ダイヤモンド著『銃・病原菌・鉄』(草思社)、2位の村上春樹著『海辺のカフカ』(新潮文庫)に次いで3位に選ばれたのです。

 

 このセレクトには多くの読書人が驚きました。本書を映画化された湊かなえのベストセラーと勘違いした人も多かったようです。わたしも、著者の本はまったく読んだことがなかったので驚くとともに、「それでは、どんなものか読んでみよう」と思い立ち、早速アマゾンで購入しました。

 

 しかし、届いてみると、文庫本でなんと850ページもあります。この厚さに、またまた驚きました。すっかり度肝を抜かれ、盆休みにでも読むことに決めました。さて、いよいよ盆休みが来て、一気に読んでみると、さらに驚きました。章も小見出しも何もなく、いきなり物語が始まって842ページまでノンストップで続くのですが、これが度外れて面白いのです。

 

 本書は第41回谷崎潤一郎賞受賞作だそうですが、もはや、そんなレベルを遥かに超えています。「ゼロ年代の50冊」の3位も、もしかすると超えているかもしれない。わたしは、本書を日本文学の最高傑作の一つではないかと思いました。いや、ほんとに。


 物語は、河内音頭のスタンダードナンバーとして歌い継がれる「河内十人斬り」をモチーフとしています。1893年(明治26年)、大阪府南東部の金剛山麓にある赤坂水分村で実際に起こった大量殺人事件です。文字通りに10人が惨殺されました。犯人は水分村に住む博打打ちの城戸熊太郎とその舎弟の谷弥五郎です。

 

 事件の発端は、熊太郎の内縁の妻おぬいが、村の顔役の松永傳次郎(本書では熊次郎)の弟、松永寅次郎(本書では寅吉)と密通が発覚したことです。

 

 激怒した熊太郎は、別れ話を切り出します。しかし、おぬいの母おとらが「お前とおぬいが一緒になる時に自分に毎月仕送りをする約束だったのに、全然仕送りを貰っていない。別れるなら払わなかった分を全部払ってから別れろ」と熊太郎をなじったために、金を払うことにします。

 

 博打打ちの熊太郎は、その日暮らしです。とても、まとまった金などありません。仕方なく、金策に奔走しますが、昔、松永傳次郎に金を貸していたことを思い出します。早速、熊太郎は松永家を訪れ、返してくれるように頼みます。

 

 ところが、傳次郎は記憶にないと言い張って白を切ったばかりか、子分を使って熊太郎を袋叩きにするのです。熊太郎は、松永一家に女を盗られ、借金まで踏み倒されて半殺しにされたわけです。舎弟の弥五郎に押されて、ついに熊太郎は、復讐を決意するのでした。

 

 このように熊太郎の金銭・交際トラブルによって起こった復讐劇ですが、松永家の人々が乳幼児にいたるまで10人が殺害されたことから当時の大ニュースとなりました。小説や芝居の題材にもされて、ついには大阪の伝統芸能である河内音頭の代表的な演目にまでなったというわけです。


 本書が実際の大量殺人を扱った作品というので、わたしは最初、松本清張の『ミステリーの系譜』(中公文庫)を思い浮かべました。この本には、1人で30人を殺害した「津山事件」のことが書かれています。1938年(昭和13年)に起こったこの事件は横溝正史の『八つ墓村』のモデルとして知られています。

 

 津山事件より以前で大量殺人事件といえば、この「河内十人斬り」だったのです。そして、清張は津山事件について、『ミステリーの系譜』の中で短編ノンフィクションを書いたに過ぎませんが、本書『告白』は実際の事件をモチーフとしながらも「人はなぜ人を殺すのか」という永遠のテーマに迫る感動的な長編小説となっています。


 熊太郎は不器用な男で、周囲の空気が読めませんでした。それゆえ世間の暗黙のルールに乗れることができず、最後には大犯罪者になってしまいます。彼は思弁的ではあるのですが、いつも頭で思っていることが思うように言葉になって出てきませんでした。そんなときは、何も言えなくなってしまうか、訳のわからないことを喋ってしまうか、思ってもいないことをべらべら喋ってしまうのでした。

 

 初めて、彼が思っていることをうまく喋れたのは、賭場での喧嘩の最中でした。熊太郎は、後に舎弟となる弥五郎少年を大人たちが袋叩きにして所持金を奪おうとするところを助けに入り、侠客たちを相手に大立ち回りをします。熊太郎には、子どもの頃に人を殺した(それは彼の思い込みに過ぎなかったのですが)というトラウマがあり、自分の人生に対して投げやりになっていました。著者は、次のように描いています。


 熊太郎は、俺はこの場で滅亡してやろう、と思って叫んだ。

 「どうせ俺はひとり殺しとんね、ここで死んでも構うことあるかい。かかってこんかい、口ぼさのあほんだら」

 叫んで熊太郎は内心で、あっ、と思った。熊太郎はいまの瞬間、自分の思想と言語が合一したことを知ったのである。思ったことがそのままダイレクトに言葉になった幸福感に熊太郎は酔った。しかし熊太郎はこうも思った。

 俺の思想と言語が合一するときに俺は死ぬる。滅亡する。そもそもは横溢する暴力の気配を厭悪する感情に端を発した騒動であった。それが結果的に暴力を生む。豆を煮るのに豆殻を焚く。暴力の気配から逃れるために暴力を行使、その暴力がさらなる暴力を生む。因果なことだ。(町田康『告白』より)


 この小説がすごいのは、ひとりの人間の心中を徹底的に言語化しているところです。熊太郎という男が思ったであろうことを著者は見事に言葉に置き換えていきます。自身は思ったことを言語にすることが苦手だった熊太郎の魂も、後世の作家がここまで自分の代弁をしてくれたとは本望でしょう。

 

 そして著者は、熊太郎の「こころ」を見事に言語化したことによって、本当の意味で心理描写というのは小説にしかできず、映画にも演劇にも不可能であることを示しています。


 著者が代弁する熊太郎の「こころ」は、いろんなことを思います。親父に悪事を告げ口するぞと脅したら、極悪人の松永熊次郎が震えあがった様子を見て、次のように思います。


 つまり金持ちの坊ちゃんなどというものはみなこんなもので大した覚悟もなく、親の庇護の下で嵩にかかって面白半分に他人をいたぶり、自分はそうする権利を天から神から賦与されたと思いこんでいるが、いざ反撃されると、自分は攻撃する一方で他人から攻撃されるということを想像したこともないから、すぐに動揺して半泣きになるのであって情ないことこのうえない。そして腹立たしいのは自分がそんな金持ちの弱々ぼっちゃんに追い込みをかけられたという事実で、しかしでも逆に考えれば、だからこそこうして簡単に追いつめることができたのであり、苦々しいのはいっとき我慢をしていまは優勢なのだから敵を追いつめることに専念することにしよう。(町田康『告白』より)


 また、松永家の10人を殺害するという残虐行為にもかかわらず、意外にも「良くやった!」と事件を歓迎する村人は少なくありませんでした。強欲な松永一家にいじめられていた人々は、熊太郎の他にも多くいたのです。意外にも大量殺人犯が英雄視されることに対して、著者は次のように述べます。


 いまの社会であれば無慈悲きわまりない犯行として人々のもっとも憎むところとなったであろう、乳幼児までも殺害したことについても、人々はいまの世の中と同じような感じ方はしなかった。

 人間というものは因果なもので、別に啓蒙され、進歩発展したから慈悲忍辱の心を持つようになったのではない。ではどうしていまの人間が当時の人間より慈悲深くなったのかというと、それは食う心配がなくなったからで、人間というものはまず自分の生存、それをなによりも優先し、それが満たされて初めて他のことを思いやることができるのである。

 それが証拠にいまでも後進国に行けば人間の値段は安い。わが邦においても、今後、経済が悪化し、国民が等しく食うや食わずの生活になれば、モラルが荒廃した分、以前よりもずっと他人の死に対して無感覚になるだろう。

 ということはどういうことかというと、つまりいまの人間が昔の人間に比べて慈悲深くなったのではなく、ただナイーブになっただけで、食うのに精一杯であった当時の人の方がより強い精神を持ち、より透徹した死生観を持っていたとも言える。

(町田康『告白』より)


 人間というものの本質を見据えた著者の洞察には感服するばかりです。その思想の深さもそうですが、わたしは著者ほど達意の文章を書く作家を知りません。さすがはミュージシャンでもあるだけあって、彼の文章にはリズムがあります。章も節も何もなく842ページを一気に疾走するスピード感には、完全に脱帽です。

 

 著者は1962年生まれだそうですが、こんな凄い作家がわたしの一つだけ年長だなんて、いや、参りました。降参です。それにしても、どのようにしたら、こんな小説が書けるのでしょうか?

 

 著者は、2010年4月18日付「朝日新聞」朝刊で、「ゼロ年代の50冊」の3位に『告白』が選ばれたことについて次のように語っています。

 

 「男持つなら熊太郎、弥五郎と称賛される一方で地元では朗唱禁止となっている『河内十人斬り』がずっと気になっていました。変な感じがしてました。その変な感じは、この十年の変な感じと重なっているとも思って、それを小説に書くべきだと思っていました。

 そんな動機で書いた小説が十年の成果のひとつに選ばれたことを嬉しく思うと同時に、その続きにあるこれからの十年のことを重苦しく感じつつも適当に生き、しかしそれをちゃんとした小説にしないといけないのだろうなあ、と思いつつ、でも適当になってしまうのだろうなあ、ということを重苦しく思いつつ軽快な春の装いで寒さに震えつついまのところはまだ大丈夫やけど、それではダメで熊太郎の最後の位置から書き始めなければ、と毎日、重苦しく思っているところです。アホです。すみません。」

  

 なんだか熊太郎を思わせるような「アホです」のコメントに、わたしは「すげえなあ」と心の底から思うのでした。

 

 最後に、熊太郎について一言。彼はたしかに不器用で、誰にも理解されず、人間関係にも恵まれませんでした。しかし、少年時代にピンチを救ってやったことが契機で舎弟となった弥五郎だけは彼を最後まで信じ、彼に最後までついてきてくれました。

 

 ある意味で、大量殺人につきあってくれるなんて、究極の人間関係ではないでしょうか。一緒に人を殺して、一緒に死んでくれた弥五郎を得た熊太郎はこの上なく幸福な男だったのかもしれません。