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ぼくの犬キング』

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No.0153

 

 ぼくの犬キング』ウォーバーグ著、中村妙子訳(偕成社)を読みました。

 

 なぜ、わたしがこの本を読んだか、理由はおわかりだと思います。

 

 ぼくの犬ハリーが亡くなったからです。


 本書は、1969年に書かれたロングセラーです。でも、わたしは今日まで本書の存在を知りませんでした。

 

 ハリーを見送った後、小学5年生の次女が本書を読んでいました。それで、「何を読んでるの?」と尋ねたところ、彼女が手渡してくれました。聞くと、もともとは高校3年生の長女が愛読していた本のお下がりだそうです。

 

 本書のカバーの折り返しには、次のように書かれています。

 

 「ぼくの犬が、しんじゃった!

 かわいがっていた犬を 失った さびしさと

 やりばのない怒りにかられた ジェミーは、

 家族のみんなの あたたかい おもいやりで

 悲しみのそこから たちなおっていきます。」

 それから、次のような解説文も添えられています。

 「愛するものとのわかれ、命のゆくえについて、

 幼い読者にわかりやすく説き、深い感動につつむ

 アメリカの名編」


 本書に出てくるキングという犬はコリー犬です。そう、あの名犬ラッシーと同じコリーです。

 

 じつは、わたしも小学6年生のときに初めて飼った犬がコリー犬でした。名前を「ハッピー」と名づけました。ハッピーは6歳とちょっとで亡くなりました。

 

 わたしは、ちょうど受験勉強の最中で、予備校から帰ってきたとき、犬小屋が空になっていたのでショックを受けた記憶があります。あのときの「ハッピー」も、亡くなったばかりの「ハリー」も、家族そのものであり、自分の一部でもありました。

 

 かつて、わたしは『愛する人を亡くした人へ』(現代書林)というグリーフケアの本を上梓したのですが、その本を何人かの方々にお送りしました。友人の鈴木登士彦君にも送りました。

 

 彼は大の愛犬家として知られ、当時は「ガブ」というゴールデン・レトリバーを飼っていました。彼の奥さんは、ペットフード会社のキッチン・ドッグの社長さんです。

 

 わたしが送った『愛する人を亡くした人へ』が届いた日、奇しくもガブが亡くなった日だったそうです。それで、鈴木君は「ジャスト・タイミングの本が届いた」と自身のブログに書いていました。それを読んで、わたしは不思議な感じというか、一種の違和感をおぼえました。なぜなら、わたしが書いた本は『愛する人を亡くした人へ』であって、『愛する犬を亡くした人へ』ではなかったからです。

 

 でも、今は、まったく違和感はありません。鈴木君の気持がよく理解できます。結局、「人」であろうが「犬」であろうが、愛する「家族」であることに変わりはないからです。

 

 さて、本書の主人公であるジェミー少年が、愛犬キングを亡くして悲しみのどん底にあるとき、彼のおばあちゃんが言います。

 

 「おぼえておいで、ジェミー。おまえがだいじにおもっているものは、けっしてしんだりしないってことをね。そういうものは、いつまでも、おまえのこころの中にいきているのさ。けっしてなくならない、たからものなんだよ」

 

 「おまえのこころの中には、おまえがよのなかで、いっとうたいせつにおもっているものが、たくさんつまっている。そのいえを、ますますいっぱいにすることだよ。いっぱいになったら、もっともっとへやをつぎたすといい」

 

 ジェミーのおばあちゃんの言葉は、わたしの心にも突き刺さりました。本書の原題は、『成長の時』(GROWING TIME)というそうです。

 

 嬉しいこと、楽しいことばかりが人を成長させるわけではないのです。その意味で、このたびのハリーの死は二人の娘を大いに成長させてくれたのではないかと思います。二人とも、命とは限りあるものだということを痛感したようです。

 

 長女はハリーを出棺までずっと優しく撫でてやり、次女はハリーの似顔絵付きのお手紙を書いて棺に納めていました。妻はたくさんの花を、わたしはハリーが一番お気に入りだったフリスビーを棺に納めてあげました。

 

 ハリーの死によって、わたしたち家族の「こころ」は一つになりました。ハリーは、自らの死をもって、「家族みんなで助け合って、いつまでも仲良くしてね!」ということを伝えたかったような気がしてなりません。ありがとう、ぼくの犬ハリー!