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経済学は人間を幸せにできるのか』

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No.0106

 

 『経済学は人間を幸せにできるのか』斎藤貴男著(平凡社)を読みました。

 

 気鋭のジャーナリストが、6人の日本を代表する経済学者に会いに行き、インタビューした記録です。平凡社の月刊PR誌「月刊百科」の2008年11月号からスタートした「経済学者に会いに行く」という連載を単行本化したものです。


 アダム・スミスは、『国富論』で市場経済の有用を説きました。市場経済のメンバーがそれぞれ自己の利益を追求すれば、「神の見えざる手」が働いて、結果的に社会全体の利益が達成されるという考え方です。この考え方は、いわゆる夜警国家論や「小さな政府」論、そして、あの"小泉・竹中路線"において、数え切れないほど引き合いに出されてきました。

 

 しかし、スミスには『道徳感情論』という主著もあり、経済学者でありながら道徳学者でもありました。そして、スミスの「見えざる手」には、市場経済のメンバーたちが「シンパシー(同感、共感)」という価値を共有しているという大前提があったのです。ミルトン・フリードマンに代表される「新自由主義」の人々は、その事実を忘れていたように思えてなりません。

 

 さて、本書では、"小泉・竹中路線"や"リーマン・ショック"などを振り返って、それぞれの学者が、いろんな考えを述べています。一つひとつの問題に踏み込む余裕はありませんので、各人の発言で印象に残ったものを並べてみたいと思います。


 1人目の中谷巌氏(一橋大学名誉教授)は、こう語りました。

 

 「グローバル資本と言えども手を出せない、聖域を認め合う国際社会が目指されるべきだと思います。各国にとっての大切な価値観を守るためであれば障壁を設けてもよいのではないかという方向が模索されていい。玄関から奥の部屋まで土足でスッと入ってこられるようだと、出て行く時もあっという間です。アイスランドの実例を見てご覧なさい。あまり完璧に遮断しても鎖国になりますが、そうならない程度に、本当に意味のある流出入だけしか起こらないような秩序ができていいと思います。これだけ失敗しているのですから」


 2人目の佐和隆光氏(立命館大学大学院政策科学研究科教授)は、こう語りました。

 

 「面白いのは、小泉さんの全盛期には日本の経済学者の、僕らごく一部以外の皆がその新古典派というか、新自由主義の立場にあったんですよ。ところが小泉さんが退陣し、安倍晋三さんを経て今日に至ると、どうです?

 格差、格差の大合唱でしょう。所得配分の不平等感を示すとされる『ジニ係数』という経済指標が上がった、下がったと大騒ぎしている。そんなものはちょっと高齢化とか、フリーターが増えたとか、あるいは派遣社員が増えたとか、いろんな背景があるわけですよ。格差の拡大を言うなら一つの数字の動きだけではなくて、もっと実質的な中身を見なければいけないと、僕は思うのですが」


 3人目の八代尚宏氏(国際基督教大学教養学部教授)は、こう語りました。

 

 「日本の雇用はドイツと同じで、まだまだ製造業に依存しています。製造業はどうしても生産性に見合う賃金コストの地域に進出していくのが自然なので、日本人の高い賃金を確保しようと思えば、そのあとを埋めるサービス業の生産性を高くするしかない。それがIT化であり、高付加価値化です」


 4人目の井村喜代子氏(慶應義塾大学名誉教授)は、こう語りました。

 

 「資本主義において金融というのは、本来、産業・実体経済のためのものです。あくまでも産業・実体経済が主なものであって、金融はその再生産をスムーズにするものでした。しかし80年代以降、金融面で利益を獲得する金融活動が前面に躍り出て、実体経済をはるかに上回って膨大化していったのです」


 5人目の伊藤隆敏氏(東京大学大学院経済学研究科教授)は、こう語りました。

 

 「『立国』という言葉は嫌いです。『観光立国』とか、何とか立国っていう言い方がありますが、その産業だけで成立する国なんてあり得ないのだから、そういう表現は止めてほしい。金融はいくつもある成長産業の一つであって、そのために空港と英語力が必要なのです」

 

 「ノーベル賞というのは40歳ぐらいまでに、新しい分野を切り開くような核心的な業績を出さないと。やっぱり一番勢いのあるのは30歳代ですよ。その頃までに歴史に残る論文を書いておかないと。もちろん努力があって、才能があって、いい先生といいトピックに巡り合って、さっき言ったコンピュータの発達とか、あるいは現実がこうガラッと変わるとき、たとえばソ連の崩壊とか、そういったいろいろな偶然が重なって、ノーベル賞というのは生まれるんですよ」


 6人目の金子勝氏(慶應義塾大学経済学部教授)は、こう語りました。

 

 「人間は食うや食わずの状況に置かれてしまえば、物事など考えられなくなります。近頃流行りの『草食系』というのは、おそらく彼らの生きる術なんですよ。だってこの国では、世の中の矛盾に気づいても、怒れば周囲から浮いてしまうだけですから。草食系の感じで淡々と生きていくライフスタイル以外には、心を安寧にして長生きできないような状態に入っている」


 そして、著者である斎藤貴男氏は、こう語りました。

 

 「環境問題までがマネーゲームの対象にされていく未来を、どう考えたらよいのだろうか。CSRの優等生として知られるアメリカの巨大化学メーカー・デュポンが、一方では戦争コングロマリットの異名を取っている現実は?

 デュポンは核兵器の開発メーカーでもある。広島と長崎に投下された原子爆弾は、いずれも同社の製品だったという。野暮を承知で、あえて言及しておきたい」


 各人の発言を紹介してきましたが、もちろん紹介や引用という行為にはそれを行った人物の考えを代弁してくれるという側面があります。わたしは、特に八代氏と金子氏の発言に強く共感しました。

 

 最後に、著者は「はじめに」で、本書の脱稿に当たって、「本はやっぱり素晴らしい」と思ったそうです。本書のような複数のインタビューを集めた本の場合、その内容を要約した一問一答の原稿は、ゲラの段階で発言者の了解を求めます。そして必要があれば、発言者が加筆や訂正をします。著者と編集者も、それと矛盾しないように部分的に手を入れる作業が必要になります。ということは、取材時の多少の行き違いなどは解消されます。また、著者いわく「反射神経の良し悪しの産物でしかない優勢劣勢は、そのままの形にはなり得ない」のです。

 

 発言者がインタビューを受けたこと自体を後悔して掲載を拒否すれば別ですが、そうでないなら、必然的に一定程度は互いに歩み寄らざるを得ない環境が生まれるのです。著者は、次のように言います。

 

 「テレビやシンポジウム、ネット空間での反射神経勝負は、それはそれで有意義だ。相手を怒らせて本音を引き出す取材手法が時に効果的であることも、体験的に承知している。しかし、複雑で、かつ拠って立つ価値観次第でどのようにでも解釈できるテーマの本質を探り、できるだけ平易な処方箋を描こうとすれば、反射神経勝負には限界があるのではないか」

 

 わたしは、この著者の意見に全面的に賛成です。もともと、わたし自身が反射神経の良い人間ではありませんが、何か本当に大切なことを語るときには反射神経に頼るべきではないと思います。その意味で、本書は6人の経済学者がじっくりと自分の考えを述べた好著でした。