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赤い鯨と白い蛇』

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No.0118

 

 赤い鯨と白い蛇』冨川元文著(クリーク・アンド・リバー社)を読みました。

 

 2006年11月に公開された日本映画「赤い鯨と白い蛇」の脚本家・富川元文による原作小説です。 わたしは、この映画を東京は神保町の岩波ホールで観ました。今回思うところがあり、原作小説を読んでみました。


 この物語には、5人の女性が登場します。なぜか、男性はまったく出てきません。老境を迎えた保江は、認知症が進行したこともあり、息子の家に引き取られることになります。孫娘の明美が付き添ってくれることになり、保江は息子の家に向かいます。その途中、まるで引き寄せられるかのように、千葉県の館山にある茅茸きの家を訪れます。そこは保江が戦時中に疎開していた家でした。

 

 何十年ぶりに懐かしい家を訪れてみると、そこでは家の持ち主である光子が、家を取り壊そうとしていました。光子は、家を出てしまった夫を待ち疲れてしまい、新しい生活を考えはじめていたのです。彼女には、里香という小学生の娘がいました。里香は、思うようにならない人生に思い悩む母の姿を見守るしかありません。そこに、同じくかつての住人だった美土里も現れます。美土里は、詐欺まがいのセールスでトラブルを抱え、ここへ逃げ込んできたのでした。

 

 不思議な縁で海辺の古い家に集まった5世代の女たちは、互いの人生を交差させていきます。そして、互いの人生を横目で見ながら、自分の胸の中の本当の想いを見つめ直していくのです。


 明美と光子、美土里はそれぞれ女性としての悩みやトラウマを抱えていますが、この物語の核となっているのは、保江の戦争体験です。古家の近くの山の斜面には洞窟があり、それは戦争中に掘られた防空壕でした。

 

 館山や三浦半島は東京湾の入り口に位置しています。そのため、アメリカ艦隊を攻撃するための重要な基地がたくさんありました。戦艦を迎え撃つ航空隊も配備されていましたし、そうした兵器や兵士を隠すために入り江には無数の防空壕が掘られていたのです。

 

 その中の一つの洞窟に保江は入って行きます。奥で頭上を蝋燭で照らすと、白い龍神の浮き彫りがありました。そして、その龍神の下に木箱が埋まっていたのです。

 

 保江の心は、60年前の終戦直前の頃に戻ってゆきます。当時、15歳の少女だった保江は、この地で特別攻撃隊の若い兵隊に出会います。その兵隊の名は、森島鶴彦といいました。保江と森島は、ある約束を交わします。


 森島は学徒兵でした。文学部の学生だったようで、ホイットマンやワーズワースを愛読していました。もちろん戦時中は敵国である英米の文学書など絶対に読めません。それで、木箱に入れて龍神の浮き彫りのある洞窟に隠しました。

 

 館山近辺、そして東京湾を挟んで油壺あたりの入り江には、敵艦を攻撃するための特殊兵器が密かに配備されていました。そのうちの一つに「海龍」という17メートルほどの小型潜航艇がありました。2本の魚雷を積み、その頭部には600キロの爆薬を積んでいました。2名から5名ほどの乗員で敵艦に近づき、魚雷を発射する特殊兵器として開発されたものです。

 

 一般に人間魚雷として知られている「回天」は、この「海龍」をさらに改良して1人乗りにしたものです。いずれにしても自殺兵器であることに変わりはありませんが、森島鶴彦はこの「海龍」の乗員だったのです。


 森島が文学部の学生だったという描写を読んで、わたしは瞬間的に鹿児島の知覧の特攻平和記念館で見た神風特別攻撃隊の学生たちの達者な手紙や遺書や辞世の歌などを思い出しました。彼らも文学や哲学を学ぶ学生がほとんどでした。

 

 当時の軍部は、兵器の製造などに使える工学系の学生たちは安全な場所に置いて、文学や哲学系の学生を率先して死に追いやったのです。

 

 知覧の学生たちが遺した文章が立派だったのは、その当時の学生の教養のレベル自体が高かったからではありません。それは知覧に集められ、大空に散っていった学生たちが文学や哲学の徒だったからです。その有望な若者たちを軍部は「ごくつぶし」として、理系の学生たちと差別した歴史的事実があるのです。

 

 さて、森島の木箱を洞窟から古家に運んだ後、保江は森島のことを一同に話します。美土里が保江に「その兵隊さんと何か約束をしたわけ?」と尋ね、保江は遠い日の記憶を語り出します。(以下、引用)

 保江は縁側に並べた本を見て答えた。

 「自分のことを忘れないでくれ、そう言われたの」

 ホイットマンやワーズワースの本を一つ一つ手にとって保江は続けた。

 「森島さんの家族、それに親戚の人も全員が三月十日に亡くなっていたの。・・・・・だから戦争で死んだら自分のことを憶えていてくれる人は誰もいなくなるって」

 「三月十日って、東京で十万人が死んだとかいう東京大空襲のこと?」

 美土里だけが三月十日を知っていた。保江は森島の話を続けた。

 「だから、森島鶴彦という人間がこの世にいたことを憶えていてほしい。鶴彦さんにそう言われたんです。・・・・・だから、忘れないように釦をいただいて、いつまでも忘れないって答えたんです」

 「それが約束?」

 明美が保江に確かめた。保江は小さく頷いて話した。

 「病院で認知症の兆しがあるって言われたとき思ったの、そのうち約束が守れなくなるかもしれないって」

 保江は振り返って遠くの空を見て言った。

 「だから謝りに来たんです。もう思い出してあげられないかもしれない。約束を守れなくなるかもしれない、だから、ごめんなさいって謝りたかったんです」

 遠くの空には白い片雲が浮かんでいる。保江はその雲の向こうを眺めて繰り返した。

 「ごめんなさい」

 保江が眺める雲の向こうには森島が居た。もちろん美土里と明美、そして光子と里香には森島の姿は見えない。しかし何故か四人は保江と同じように雲の向こうを眺めた。

   (冨川元文『赤い鯨と白い蛇』より)

 タイトルの「白い蛇」は洞窟の中の龍神の浮き彫りということがわかりましたが、では「赤い鯨」とは何か。それは、森島が訓練で乗っていた潜水艦でした。森島と保江が一緒に海を眺めていたとき、ちょうど海に小さな潜水艦が見えました。

 

 「あれは何だろう?」と尋ねる保江に、森島は「赤い鯨だ」と答えます。潜水艦は秘密訓練だったので、本当のことは言えなかったのです。館山の海は昔から海が平らで夕焼けが綺麗でした。夕方、潜水艦を見ると、ちょうど赤い鯨に見えたのです。

 

 地元の漁師たちは特殊潜航艇のことを鉄鯨と呼んでいたそうです。夕陽を浴びた赤い鯨のことを思い出しながら、保江は涙を流します。そして、「私が忘れたら・・・・・、私が忘れたら、森島さんは二度死ぬことになるのよね」とつぶやくのです。

 

 映画では、保江のセリフは「私が忘れたら、あの人は二度死ぬことになる」となっていました。それを聞いたとたん、わたしの目からも涙が溢れ出して止まらなくなりました。


 アフリカのある部族では、死者を二通りに分ける風習があるそうです。人が死んでも、生前について知る人が生きているうちは、死んだことにはなりません。生き残った者が心の中に呼び起こすことができるからです。

 

 しかし、記憶する人が死に絶えてしまったとき、死者は本当の死者になってしまうというのです。誰からも忘れ去られたとき、死者はもう一度死ぬのです。わたしたちは、亡くなった人を二度も死なせてはなりません。いつも、亡くなった人を思い出さなければなりません。

 

 では、わたしたちが、日常的に死者を思い出すのは、いつでしょうか。お盆やお彼岸、それに命日ぐらいですか。お墓や仏壇の前で手を合わせるときだけですか。それでは、亡くなった人はあの世でさぞ寂しい思いをしていることでしょう。

 

 亡くなった人は、何よりも愛するあなたから思い出してもらうことを願っているのです。もうこれ以上、死にたくないのです。

 

 では、日常的に死者をどう思い出せばよいのでしょうか。わたしは、夜空の月を見上げながら、いまは亡き懐かしい人々を偲んでいます。月を見ながら死者を想うと、本当に故人の面影がありありとよみがえる気がします。わたしは月こそ「あの世」であり、死者は月へ向かって旅立ってゆくと考えています。

 

 月といえば、本書では美しい月が物語で重要な役割を果たしています。なにしろ、第一章に「小望月」、第二章に「満月」という章名がつけられているほどです。著者も、おそらく死者と月の関係を知っているのかもしれません。

 

 最近、スタートさせたグリーフケア・サポートの会は「月あかりの会」と名づけました。そして、「亡き人の面影浮かぶ月あかり 集ひて語る心の絆」という短歌を詠みました。


 いずれにせよ、わたしたちは死者のことを忘れてはなりません。死者を忘れて、生者の幸福など絶対にありまえません。

 

 写真週刊誌「FLASH」最新号で、島田裕巳氏は「生きている人が死んでいる人に縛られるのっておかしいと思いませんか?」と述べています。わたしは、おかしいとは思いません! 逆に、今の世の中、生きている人は亡くなった人のことを忘れすぎています。だから、社会がおかしくなってしまったのではないかと思います。


 わたしは、この物語に出てくる森島の「自分のことを忘れないでくれ」という言葉が、あまりにも哀しくて泣きました。

 

 いろんな葬儀に立ち会いますが、中には参列者が1人もいないという孤独な葬儀も存在します。そんな葬儀を見ると、わたしは本当に故人が気の毒で仕方がありません。亡くなられた方には、家族もいただろうし、友人や仕事仲間もいたことでしょう。なのに、どうしてこの人は1人で旅立たなければならないのかと思うのです。

 

 もちろん死ぬとき、誰だって1人で死んでゆきます。でも、誰にも見送られずに1人で旅立つのは、あまりにも寂しいではありませんか。故人のことを誰も記憶しなかったとしたら、その人は最初からこの世に存在しなかったのと同じではないでしょうか?

 

 アカデミー外国語映画賞を受賞した「おくりびと」が話題になりましたね。人は誰でも「おくりびと」です。そして最後には、「おくられびと」になります。1人でも多くの「おくりびと」を得ることが、その人の人間関係の豊かさを示すのです。

 

 「ヒト」は生物です。「人間」は社会的存在です。「ヒト」は、他者から送られて、そして他者から記憶されて、初めて「人間」になるのではないかと、わたしは思います。


 わが社は、「良い人間関係づくりのお手伝いをする」というミッションを掲げています。ですから、参列者がゼロなどという葬儀など、この世からなくしてしまいたいと考えています。それもあって、隣人祭りという地域の食事会のお世話もさせていただいています。

 

 隣人祭りは、生きている間の豊かな人間関係に最大の効果をもたらします。また、人生最後の祭りである「葬祭」にも大きな影響を与えます。隣人祭りで知人や友人が増えれば、当然ながら葬儀のときに見送ってくれる人が多くなるからです。

 

 人間はみな平等です。そして、死は最大の平等です。その人がこの世に存在したということを誰かが憶えておいてあげなくてはなりません。親族がいなくて血縁が絶えた人ならば、地縁のある地域の隣人が憶えておいてあげればいいと思います。

 

 わたしは、孤独葬などのお世話をさせていただくとき、いつも「もし誰も故人を憶えておく人がいないのなら、われわれが憶えておこうよ」と葬祭スタッフに呼びかけます。でも、本当は同じ土地や町内で暮らして生前のあった近所の方々が故人を思い出してあげるのがよいと思います。そうすれば、故人はどんなに喜んでくれることでしょうか!

 

 この『赤い鯨と白い蛇』を読んで、わが社の使命を改めて再確認できました。


 ちなみに映画版では、保江を香川京子、明美を宮地真緒、光子を浅田美代子、里香を坂野真理、美土里を樹木希林が好演しています。鬼才せんぼんよしこ監督のセンスで、原作小説とはまた一味違った味わいの作品に仕上っています。DVDも出ていますので、夏休みに家族でぜひ御覧下さい。