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ツイッター 140文字が世界を変える』

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No.0120

 

 ツイッター 140文字が世界を変える』コグレマサト+いしたにまさき著(マイコミ新書)を読みました。

 

 本書によって、これまで今ひとつ全体像がつかめなかったツイッターの世界がようやく見えてきたような気がします。


 ツイッターは、140文字以内の「つぶやき」を投稿し合うことで、ユーザーがつながるコミュニケーション・サービスです。基本的には、「いま何してる?」「カレー食べてる」「どんなカレー?」「松柏園ホテルの贅沢カレー」「うまいかい?」「めちゃうま!」「それ、どこで買えるの?」「松柏園に売ってるし、通販もあるよ」・・・・・といったように、ライフログ(Lifelog)を記録するサービスです。リアルタイムで飲み会の参加を呼びかけたり、おいしい飲食店や目当てのショップなどを探し出すこともできます。

 

 それはそうと、「ツイッター」とはサービス名ではなく、企業名なのですね! 本書で初めて知りました。そして、あのグーグルがツイッターの買収を企んでいるとか。ということは、天下御免のSF企業であるグーグルでさえ持っていないものをツイッターは持っているのでしょう。

 

 グーグルの検索で得られる情報は基本的に「過去」の情報です。そして、キーワードを自覚していないと検索そのものも不可能です。本書には、次のように書かれています。

 

 「この『過去』『キーワードを自覚』という二つの呪縛がある限り、ツイッターと比較した場合、グーグルには今を検索することは、ほぼ不可能です。そして、これがグーグルがツイッターを恐れる理由です」

 

 アメリカのオバマ大統領の誕生の裏にはツイッターの存在があったことが知られています。いまや、ツイッターは国際政治にも影響を与えているのです。


 著者のコグレ氏はブログ「ネタフル」管理人、いしたに氏はブログ「みたいもん!」管理人だそうです。本書の「はじめに」で、コグレ氏は次のように述べています。

 

 「ブログとの出会いの後、これほどまでに革命的なサービスはしばらく登場しないだろうと思っていたのですが、2009年、『ツイッター(Twitter)』がブレイクの兆しを見せはじめ、見事に心のちゃぶ台をひっくり返してくれました」

 

 また、本書の「おわりに」で、いしたに氏は次のように述べています。

 

 「ツイッターにはじめて触れたとき、正直あまりその良さを理解していませんでした。ただ、なんとなく『これは参加者が増えれば、面白いことになりそうだ』という予感はありました」 

 

 ツイッターは2007年頃にいったん注目されましたが、その後沈静化。なぜか2009年の春頃からブレークして、急激に普及し始めました。今では、ブログやSNSに続くコミュニケーション・ツールとして認知されています。また、著名人の参加、企業のPRツール、さらにはニュース媒体としても成長が見込まれているとか。

 

 当初は「ほんの140文字で何が書けるのか」と多くの人々から思われていましたが、逆に文字数に制限があることで、書くことの敷居を下げている現状もあるようです。わたしのようにブログに文字数制限がないゆえに、いくら書いても書き足らないという無限地獄(笑)に堕ちた者からすると、なんだか納得できます。

 

 それに、日本人には短歌や俳句など短い文字数でメッセージを伝える文化というのは意外にマッチしているようにも思います。わたしも、『140字でつぶやく哲学』(仮題)という本を書く予定なのです。


 ツイッターの特徴をつかむには、やはり先行するブログやSNSといったコミュニケーション・ツールとの比較がわかりやすいでしょう。たとえばブログですが、「ブログは続かなかったが、ツイッターは続けられる」という声をしばしば聞きます。本書には、その理由が3つ挙げられています。

 

 1.気楽なところ(140文字でいい)

 

 2.タイトルがない(いきなり書きだせる)

 

 3.リプライがあるところ(コミュニケーション)

 

 本書には、次のように書かれています。

 

 「ブログはストック、ツイッターにはフローという言い方もされますが、アーカイブとして分かりやすく蓄積されずに(過去をさかのぼるのはかなり手間がかかる)、書き捨てられるような感覚もいいのかもしれません」

 

 まあ、わたしはストック人間の典型だと思いますので、やはりツイッターよりはブログのほうが向いているかもしれません。


 それから、興味深いのがSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)との比較です。

 

 SNSといえば、日本では「ミクシィ」が代表格ですが、最近は「ミクシィ疲れ」という言葉が聞かれるようになってきました。本書には、「ミクシィ疲れ」について次のように書かれています。

 

 「こういった言葉が流通する背景には、何年も経つと人間関係というのは、ある程度シャッフルされて整理されていく、ということがあるでしょう。人は移ろいゆくものですから、仕方がないですね。

 ただ、この人間関係=マイミクは、あなたが考えているように相手も考えているとは限りません。結果、サービス上の問題ではなく、人間関係の問題で『ミクシィそのものが面倒臭い』ということが発生してしまうのです」

 

 具体的な例を挙げると、「突然マイミクを切られた」「足あとがあるから日記を見ているはずなのに、コメントしない」「読みたくもない人の日記を延々と読まされる」などだとか。本書によれば、こういった問題はそもそもSNSというウェブ・サービスの本質に関わっているといいます。SNSとは、自分の人間関係をネット上に反映させるという考え方に基づいており、そのため起こりうる問題だというのです。本書には、次のように書かれています。

 

 「それと比較すると、ツイッターにおける人間の関係性というのは、ゆるやかに設計されています。そもそも、『フレンド』と『フォロー』という言葉で区別されていますし、ネットにおいては、比較的ゆるめに関係を構築した方がコンテンツの流通という意味では効果的であることが、ままあるのです」

 

 わたしはSNSにもツイッターにも無縁ですが、なんとなく言いたいことはわかります。


 わたしは、これまでツイッターに良い印象を持っていませんでした。というのも、今年の4月3日にNHKで放映された「無縁社会の衝撃」を観たからです。

 

 その番組は、主に東京で暮らす非正規雇用の30代の若者たちを取り上げていました。彼らは、自分たちを"無縁死"予備軍であると自覚しているそうです。興味を引いたのは、彼らがいずれもツイッターにハマっていることでした。時間さえあれば、彼らはケータイに向かってつぶやきの言葉を入力します。そして、見えない誰かからの返信を待つのです。

 

 「無縁死、シャレにならないっす」「このまま仕事がなくなれば、自分も無縁死かも・・・」といった言葉が、ツイッターに次々と記されていきます。「それは、つぶやきというより悲鳴」という、番組キャスターのコメントが印象的でした。

 

 一方で彼らは、リアルな人間との付き合いを苦手としているそうです。ITによるバーチャルなコミュニケーションが進歩すればするほど、リアルな対人コミュニケーションが希薄になっていると再確認しました。

 

 "血縁"も"地縁"もなくなってゆく「無縁社会」の中で、ITによる"電縁"だけが増殖しているのです。しかしながら"電縁"とは、あくまでもバーチャルです。生身の人間との豊かな関係を築くことこそ「無縁社会」を乗り越える王道であるとは思います。

 

 しかしながら本書を読んで、ある意味で、ツイッターでつながる人間関係もあるのだなと思いました。 あれほどブログを毛嫌いしていたわたしの現状を考えれば、いつツイッターにハマってもおかしくありませんが。(笑)

 

 いずれにせよ、手紙、電話、ケータイ、メール、ブログ、SNS、そしてツイッター・・・・・・コミュニケーション・ツールの種類が何にせよ、多くの人々がつながり合って、支え合う社会が実現できれば素敵ですね。