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人間交際術』

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No.0125

 

 人間交際術』アドルフ・F・V・クニッゲ著、服部千佳子訳(イースト・プレス)を読みました。

 

 著者は、18世紀後半のドイツの男爵にして宮廷詩人です。君主フリードリヒの信頼を受けて活躍した時期もありましたが、周囲の陰謀によって失脚しました。著書『人間交際術』の初版は1788年に出版され、大ベストセラーになりました。ヨーロッパでは100年以上読み継がれてきている名著として知られているそうです。


 一読して、わたしは驚きました。書かれてあるすべての言葉が、どれもスーッと心に染み込んでいくからです。直前に読んだ『オスカー・ワイルドに学ぶ人生の教訓』の内容には多くの違和感をおぼえましたが、本書にはまったく違和感はありませんでした。それどころか、大変な名著であると感心しました。

 

 特に、わたし個人に向けて書かれたのではないかと思うぐらい、心を打たれた言葉がたくさんありました。たとえば、以下のような言葉です。

 

 「冷静沈着さはたぐいまれな天賦の才で、これがあれば人づきあいにおいても断然有利になります。」

 

 「どんなささいなことでも、口に出したことはその通りにすること、約束はかならず守ること、そして、真実と正直のまっとうな道を決して踏みはずさないこと。これ以上に有益で神聖なルールはなく、これさえ守っていれば、人々から尊敬され、多くの友人を得ることができます。」

 

 「つねに平静で穏やかな表情をしていなさい。憎しみや激情にかき乱されない、無辜な心からにじみ出る陽気で快活な人柄ほど、魅力的で好感の持てるものはありません。」

 

 「親しい友人の集まりで、自分が持ち出すすべての話題に、他のメンバーが温かく関心を示してくれる場合を除いて、自分のことばかり話してはいけません。たとえ親しい友人の集まりでも、自分中心に話を進めるのは避けたほうが賢明でしょう。友人があなたに敬意を払って、あなたの近況や仕事ぶりなどに話題を向けてくれたときでも、あまり調子に乗ってしゃべらないほうがいいです。謙虚さは最大の美点であり、多くの人から好感を持たれる性質です。」

 

 「反論には忍耐強く応対しましょう。子供みたいに、何が何でも自分の意見を通そうとするのはよくありません。あなたが真剣に意見を述べているのに、相手がばかにしたり冷やかしたりした場合でも、いきり立って言い返したり、粗野な振る舞いをしたりしてはいけません。あなたの言い分がどれほど正しかろうと、平静さを失った時点で、すでに半分負けているのです。そうなってしまったら、少なくとも相手を言い負かすことはできないでしょう。」

 

 「たまたま相手をした人の話がつまらなくて冗長なために、退屈して苛立ってしまうことがよくあります。そこから抜けられない場合は、理性、分別、思いやりを総動員して、ありったけの忍耐力を行使するしかありません。」

 

 「すべてのメンバーに、高い教養と洗練された文化を求めてはいけません。むしろ、標準的な理解力と常識を引き出す話題を取り上げ、良識ある人々にそれを発揮する機会を提供しましょう。そして、あらゆる階層の人々と交流することです。そうすれば、時代と環境が要求している人間性や気質を、徐々に身につけることができます。」

 

 「家の外のことばかりにかまけていると、家庭内で居場所がなくなってしまいます。気晴らしばかりしていると、自分の心がわからなくなってしまいます。そうなるとすっかり自負心を失い、たとえ自分と向き合う機会がおとずれたとしてもただ悲嘆にくれるしかありません。自分をおだて、いい気分にさせてくれる仲間としかつきあわない人は、真実の声を避けるようになり、ついには自分の心が発する声にもふさぎます。それでも良心の叱責がつづくと、ありがたい忠告の声をかき消すために、世間の雑踏に逃げこんでしまうのです。」

 

 「人から尊敬されたいなら、自分自身に敬意を払いなさい。人に見られたら恥ずかしいことを隠れて行ってはいけません。人に気に入られるためというより、むしろ自尊心を保つためにまっとうに行動するべきです。」


 といった具合に、いちいち、わたしの心に響く言葉の数々が並んでいるのです。それらの言葉には一貫して「謙虚」や「礼節」といったものが感じられ、その背景には「人間尊重」の精神があるように思えます。

 

 「人間尊重」をベースとし、その内容が自分に向けられているとしか考えられない本。わたしは、これまでに1冊だけ、そういう本を読んだことがあります。『論語』です。そう、本書には『論語』の匂いがプンプンしています。たとえば、本書の次のような言葉は、いかにも孔子が言いそうな発言です。

 

 「自分に関心を持ってほしいなら、まずあなたが人に関心を持ちなさい。仲間意識を持たず、友情、思いやり、愛情に欠け、自分のことしか考えずに生きている人は、援助してほしいと思うときがきても、誰も手を差し伸べてくれず、自分で何とかするしかありません。」

 

 さらに、次の言葉を見れば、わたしの予感はいっそう確実になります。

 

 「白髪の老人の前では起立しなさい。しわの刻まれた顔に敬意を表しなさい。経験豊かな老人との交流を求めなさい。冷静な分別による忠告や、経験に基づく助言を軽視してはいけません。あなたが年老いて髪が白くなったときに、人からしてほしいと思うように老人を遇しなさい。礼儀知らずで軽薄な若者が老人とのつきあいを避けていますが、あなたは老人を敬い大切にしなければいけません」

 

 これは、もう完全に儒教の「敬老」思想そのものですね。本書が刊行された18世紀後半は「啓蒙主義」がヨーロッパに台頭した時代です。カントやゲーテ、ルソー、ヴォルテールなどが活躍していました。そして、儒教を中心とした古代中国思想が注目されたのもこの頃です。詳しくは拙著『世界をつくった八大聖人』(PHP新書)に書いていますが、ヴォルテールなどは東洋の聖人として孔子を深くリスペクトしていました。

 

 おそらく、本書の著者であるクニッゲも、孔子の思想に触れる機会があったのではないでしょうか。そして、孔子が説く「礼」の思想こそは、時代を超越した人類永遠のテーマである「人間関係」の最高の処方箋であると気づいたのだと思います。

 

 ということで、本書『人間交際術』は18世紀ドイツ版『論語』であると思った次第です。