No.0092 宗教・精神世界 『旧約聖書』 (日本聖書協会)

2010.06.12

『旧約聖書』(日本聖書協会)を再読しました。

日本を代表する宗教学者鎌田東二さんは、私とのインターネット上での往復書簡において次のように語っています。

「わたしは『旧約聖書』が大好きで、世界中の古典の中で一番面白く、好きな古典が『旧約聖書』なのですよ。ロビンソンクルーソーのように、孤島に一人っきりになった時、1冊だけ本を持っていっていいと言われたら、迷うことなく『旧約聖書』を持っていきます。それ1冊あれば、世界のすべてを構想することができる、思い出すことができる、そんな気持ちすら持っています。」

また、こうも述べられています。

「わたしは『旧約聖書』が大好きで、こんなに面白い書物はないとさえ思っています。ここに人類史のすべての種があるとまで。もちろん、わたしは『アブラハムの宗教』の立場の人たちからは『異教徒』ですが、この『異教徒』から見て『アブラハムの宗教』は実にオリジナリティとユニークさがあって興味深いのです。凄いな、これは、と思わせるさまざまな回路がちりばめられていて、思考を休むことを許してくれません。」

鎌田さんといえば、神職の資格も持った神道学者です。また、神道ソングを歌い、『古事記』を超訳されるような方です。そんな「ミスター神道」とでも呼ぶべき存在である鎌田東二さん。その鎌田さんが、よりにもよって『旧約聖書』が大好きとは!

鎌田さんの『旧約聖書』好きを知って、なんだか嬉しくなりました。というのも、わたしも『旧約聖書』が大好きだからです。いつも、日本聖書協会発行の『旧新約聖書 引証附』を愛用し、ことあるごとにページを繰っています。

さて、『旧約聖書』とは何か。わたしが監修した『100文字でわかる世界の宗教』(ベスト新書)では、次のように解説しています。

「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教共通の教典。おもな内容は、ユダヤ人が守るべき法律や祭儀のやり方を指示する律法、紀元前のユダヤ人の興亡を記した歴史書、神の言葉である預言書、そして詩と文学に分かれている。」

日本人の多くは、『旧約聖書』が1冊の本であると考えているようです。しかし、教派によって若干の差があるものの、実際には、39もの異なった書物の複合体であり、そして本来、そのひとつひとつが章としてではなく、独立した本(ブック)として存在しています。そうした書物群は、宗教書というより歴史書、あるいは契約書といった内容ですね。

ユダヤ教は、いわゆる『旧約聖書』を「トーラー(律法)」「ネイビーム(預言者)」「ケトゥビーム(諸書)」の3つの基本的な部分に分類しています。略してそれを「TNK(タナハ)」といいます。この3つが集まって、いわゆる『旧約聖書』となるのです。

「モーセ五書」の最古の部分は前10世紀に遡りますが、ケトゥビームの最も新しい部分は前2世紀より遡ることはありません。「モーセ五書」は、「創世記」「出エジプト記」「レビ記」「民数記」「申命記」から成ります。

ハリウッド映画の「天地創造」や「十戒」のスペクタル・シーンでよく知られているように、「アダムとイヴ」「カインとアベル」「ノアの箱舟」「バベルの塔」「エジプト脱出」「モーセの十戒」をはじめとしてスリリングな場面が次から次に展開する文学作品でもあります。

トーラー、ネイビーム、ケトゥビームのTNK(タナハ)を概観して見ると、『旧約聖書』の本質とは、図書館のごとき文書の集大成であることがわかります。それぞれに含まれる書物の成立年代も、紀元前10世紀から紀元前2世紀にわたっており、口伝の詩歌などは紀元前12世紀頃にまでさかのぼります。

これを日本に当てはめてみると、8世紀の『古事記』『日本書紀』から、10世紀の『古今和歌集』、11世紀の『源氏物語』、13世紀の『平家物語』、14世紀の『徒然草』を経て、17世紀から18世紀の井原西鶴や近松門左衛門の文学的作品、さらには19世紀の『蘭学事始』『金色夜叉』までが含まれてしまうことになるのです! もしそれが刊行されたとしたら、日本歴史・文学大全集とでも呼ぶべき一大叢書です。『旧約聖書』とは、このように途方もなく巨大なスケールを持った書物なのです。

わたしは、子どもの頃に父がプレゼントしてくれた『原色 聖書物語』サムエル・テリエン編、高崎毅・山川道子訳監修(創元社)を愛読していました。全3巻ですが、1・2巻が「旧約聖書」、3巻が「新約聖書」でした。とても絵がきれいで、すぐさま「旧約聖書」の幻想的な世界に惹かれました。ここに、わたしのファンタジー好きの原点があるように思います。

特に、「わたしはエデンの園」の話が大好きでした。わたしは、リゾート・プランナーとして理想郷づくりに燃えていた時期があります。また、『リゾートの思想』(河出書房新社)とか『リゾートの博物誌』(日本コンサルタントグループ)という本も書きました。最近も、『よくわかる伝説の「聖地・幻想世界」事典』(廣済堂文庫)という本を企画・監修しました。そんなわたしの嗜好の原点は、『原色 聖書物語』で見た「エデンの園」ではないかと思います。

また、「ノアの箱舟」の大洪水と箱舟の話にも胸をときめかせました。わたしは、今でもトルコのアララト山にノアの箱舟の残骸があると信じており、いつか実物を見ることが生涯の夢です。また、ノアの箱舟に関するものなら、書籍や置物など、あらゆるものを集めています。これも、すべては少年時代に読んだ『原色 聖書物語』の影響だろうと思います。

今では、この本は、長女から次女へとバトンタッチされて読まれています。ともにカトリックの学校に通う2人の娘と、『旧約聖書』の世界について会話することは、わたしの密かな愉しみです。

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