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ひとり誰にも看取られず』

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No.0101

 

 『ひとり誰にも看取られず』NHKスペシャル取材班&佐々木とく子著(阪急コミュニケーションズ)を読みました。「激増する孤独死とその防止策」というサブタイトルがついています。

 

 本の帯には、「聖路加国際病院理事長 日野原重明氏絶賛!」として、「なんと読む者の心を震わせることか」との日野原理事長の言葉が紹介されています。また、「『孤独死』が格差社会の苛酷な現実を最も的確にあぶり出している!」というコピーが真ん中に書かれています。

 

 さらにその上には、「NHKスペシャル『ひとり団地の一室で』をベースに、大幅な追加取材を行って書籍化した、孤独死問題のバイブル!」と書かれています。そう、本書は話題となったテレビ番組を書籍の形に編集し直したものなのです。

 

 NHKスペシャル「ひとり団地の一室で」は、2005年(平成17年)9月24日土曜日、午後9時から9時52分まで放送されました。放送直後から、初めて若年層の孤独死、いわば「若年孤独死」に焦点を当てた番組として大きな反響を呼びました。

 

 「孤独死」といえば、これまでは多くの人が「大災害のあとの仮設住宅などで、一人暮らしの高齢者がひっそりと亡くなる」といった特別なケースをイメージしていました。しかし、番組が暴き出した現実は違いました。一般には働き盛りと思われている40代、50代の高齢者という枠に入らない人々までが、日常の中で孤独死していたのです。


 この番組では、千葉県松戸市にある常盤平団地を取り上げました。全国のニュータウンに先駆けて50年前に建設され、1960年(昭和35年)4月に入居開始された団地です。

 

 常盤平団地は4、5階建ての中層集合住宅ですが、総戸数が4839で、全戸の入居が完了したのは1962年(昭和37年)でした。団地の中には保育所や幼稚園、小中学校、郵便局、商店街まで備えられていました。まさに一つの新しい町、つまり「ニュータウン」が忽然と誕生したのです。

 

 そして、常盤平団地は「東洋一の団地」と呼ばれ、入居希望者が殺到。抽選倍率は、なんと20倍を超えたそうです。若い夫婦と子どもたちであふれていた夢の団地は、半世紀近くの時間を経て、「孤独死」を招きいれてしまいます。

 

 それは、2000年秋に起きました。72歳の一人暮らしの男性の家賃の支払いが滞ったために何度も公団から催促状が発送されたにもかかわらず、何の連絡もありませんでした。異常を感じた管理人は警察に連絡し、警察官がドアを開けます。そこにあったのは、キッチンの流しの前の板間に横たわる白骨死体でした。本書には、次のように書かれています。

 

 「検視の結果、男性は死後およそ3年、死亡当時69歳であったことが判明した。事件性はないと判断されたものの、すでに死因を特定できる状態ではなかった。訪ねてくるような親族や友人知人も、近所付き合いもなく、家賃が口座からの引き落としであったために、預金が底をつくまで誰もその死に気づかなかったのだ。」

 

 かつての「東洋一の団地」に衝撃が走りました。住民たちは、「自分たちの団地から、孤独死が出るなんて!」「隣人とのつながりとは、そんなに希薄なものだったのか」「恥ずかしい、人に知られたくない」という気持ちをそれぞれ抱いたそうです。

 

 誰もが大きなショックを受けました。みんな、孤独死とは団地などではなく、特別な状況下で起こるものであると思い込んでいたからです。しかし、さらに独居老人の多くなった常盤平団地で、孤独死が続きます。

 

 その大きな原因について、本書では「もともと住んでいた住民の高齢化に加えて、家賃の相対的な低下と単身入居枠の増加によって、住民の世帯構造が変わっていったことにある」と分析しています。


 そこで立ち上がったのが、中沢氏を会長とする常盤平団地自治会のメンバーでした。「孤独死ゼロ」を合言葉に、崩壊したコミュニティを復活させるという目標を立てます。そして、団地自治会を中心に、常盤平団地地区社会福祉協議会、民生委員が一緒になって、孤独死問題に対処するためのネットワークやシステムを作りました。

 

 中沢氏は「死をお坊さんの領域と考えるのではなく、自分たちのこととして真正面から取り組んでいかなければならない」と考え、緊急通報体制を整えるとともに、自治会報である「ときわだいら」02年10月号に「孤独死を考える」と題した特集記事を掲載しました。


 そして、孤独死をなくすための具体的な方策としては、団地入居者の自宅電話番号を公開し、通報を受けられる体制作りなどをめざしました。また、「孤独死ゼロ作戦」の本部となる「まつど孤独死予防センター」を設立しました。

 

 さらに、独居老人は他人にカギを預ける必要も出てきます。それに加えて、かかりつけの医師や緊急連絡先などを記した「あんしん登録カード」が生まれました。団地社協と都市再生機構が共同で制作したものですが、この「あんしん登録カード」は団地の全戸に配布されました。事件や事故、災害、孤独死などの緊急事態に際して、すみやかに関係者に連絡を取れるようにすることが目的です。


 厚生労働省では、07年から「孤立死防止推進事業」を開始しました。なぜ、「孤独死」ではなく「孤立死」という名称にしたかというと、一人暮らしでなくても高齢者夫婦のみの世帯や、要介護の高齢者(親)と中年の独身男性(子)の世帯など、社会的に孤立した人々をも対象に含めるからだそうです。

 

 これに対して、中沢氏は「孤独死という名称で社会問題として認知・定着しているのに、なぜ今さら孤立死と言い換えるのか」と疑義を呈しておられるそうです。常々、法律的観点のみから言葉というものを考える役人的言語感覚に戸惑っているわたしとしては、中沢氏の意見に賛成です。


 孤独死の背景には、さまざまな原因があります。たとえば、現代社会そのものが抱える高齢化、世帯の単身化、都市化などの問題。離婚や未婚の増加、少子化。リストラ、リタイア、病気、障害などによる失業。精神障害や認知症、アルコール依存、うつ、引きこもり。暴力やギャンブルや借金などによる家庭の崩壊。そして、貧困。数え上げれば切りがありません。まさに、これらの諸問題をなくすことこそ「最小不幸社会」の目的でしょう。

 

 本書には、今あげた孤独死の背景にある多くの問題を紹介した後、次のように書かれています。

 

 「しかし、見方を変えれば孤独死の原因はただ一つ、『孤独』である。孤独死を解決する方法は、『孤独にさせない』『孤独にならない』この2つに尽きると言うこともできる。そのために重要なのは、月並みではあるがやはり人と人との交わり、コミュ二ティーだ。」

 

 わたしも、この意見に全面的に賛成です。ですから、わが社は人と人との交わりである「隣人祭り」開催のお手伝いに励んでいるのです。


 そして、最大の問題とは、孤独死を問題視しないことです。日本女子大学教授の岩田正美氏によれば、「どうして孤独死が問題なの?」と考えること自体が問題なのです。個人主義や自立主義の蔓延と言ってしまえばそれまでですが、わたしには想像力を失くした人が多くなってきたからだと思います。

 

 何の想像力か。それは、「死者は自分の未来である」という想像力です。死ぬのはあくまでどこかの他人であるという「三人称の死」しかイメージできない者が多すぎます。彼らは、自分の愛する家族が死ぬという「二人称の死」、あるいは自分が死ぬという「一人称の死」をイメージできないのです。

 

 本書の最後には、次のような岩田氏の言葉が紹介されています。

 

 「死を概念的にしかとらえず、『放置された死』がどういうものか知らないことも大きい。ウジがわき、ひどい臭いを放つ姿になった自分を、赤の他人に見られる。遺品もすべて他人の手に委ねられる。そして、それを処理する人の迷惑。孤独自体は悪ではないし、孤独という言葉に日本人は美学を感じてしまいます。しかし現実の孤独死は、美学とはほど遠いものなのです」

 

 「死」に対する想像力を育てること、自分が死んだときの姿や葬儀の様子を具体的にイメージすること、そこからすべては始まる。本書を読んで、わたしはそう思いました。