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孤独死ゼロ作戦』

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No.0102

 

 常盤平団地発信 孤独死ゼロ作戦―生きかたは選べる!』中沢卓実著、結城康博監修(本の泉社)を読みました。

 

 常盤平団地の自治会長である中沢氏の著書です。中沢氏は、日本における孤独死問題の第一人者です。


 本書の「はじめに」の冒頭で、中沢氏は次のように述べています。

 

 「『孤独死ゼロ作戦』―この言葉をわがこととして受け止めるようになったのは、私の住む常盤平団地で発生した『白骨死体で三年』、あるいは『こたつで伏せて四ヵ月』という痛ましい『孤独死』の現場に立ち会ってからです。このふたつの出来事が、『孤独死ゼロ作戦』を展開するきっかけとなり、『人の死を無駄にしてはいけない』と考え、さらに『孤独死』を生む社会的背景をまとめることにもなりました。」

 

 そして、次のようにも書いています。

 

 「私どもは、人間にとって何より大切なことである、『命の尊さ』を知りました。なんといいましても『死は生のカガミ』であり、『どう死ぬか』は、究極的に『どう生きるか』という『生き方』に関わると考えます。また、死は選べないが、『生き方』については選ぶことができることも改めて知りました。」


 中沢氏らが推進する「孤独死ゼロ作戦」について具体的な方策の数々が詳しく書かれています。

 

 その中に、「いきいきサロン」の開設があります。これは、2007年4月にオープンした、高齢者の集いの場です。このサロンの目的は、誰でも気軽にお茶を飲める場を設けることです。サロンに来て、近所の人たちと気軽にしゃべることによって、仲間を作ってもらうのです。サロンの入室料は一人100円で、コーヒーや紅茶などが飲み放題です。

 

 一人暮らしの人が、弁当持参で昼食を食べに来てもいいのです。これまで家の中でテレビばかり見ていた人も、サロンが開設されると、よく訪れるようになったといいます。なぜなら、テレビは話相手になってくれませんし、あいさつしても無反応です。

 

 でも、サロンで誰かに声をかければ返事が返ってきますし、いろんな話もできます。最初は、しょんぼりしておっかなびっくりサロンに来ていた人も、そのうち話相手を見つけます。すると、その人の表情が変わってくるそうです。人と接して話しているうちに、サロンに来る人々の表情が明るくなってくるので、中沢氏らは「これだ!」と思ったそうです。

 

 中沢氏は、「ともすれば『孤独死予備軍』になりかねなかったような人が、このサロンへ来て『あいさつ』をする、『話』をする、『仲間』をつくる、そして『常連』となっていくのです」と書かれています。ここで、中沢氏は「あいさつ」というキーワードを提示し、次のように述べています。

 

 「あいさつからすべてが始まります。近隣との関係も仲間づくりもそうだと思います。」

 

 「団体でも会社でも、きちんと、明るく元気にあいさつをしているところは発展性があるのです。あいさつもしていない職場は、停滞していくということがわかりました。」

 

 「あいさつをすることは、人間社会において非常に大事なことだと、実に当たり前のことを『孤独死対策』を考えるなかで再発見しました。」

 

 「用があってもなくても、顔見知りでも知らない人同士でも、気持ちよくあいさつの声をかけあう、そこに意味があるのだと思うのです。」

 

 そして、中沢氏は「孤独死」の問題で一番大事なのは「生きることへの働きかけ」であるとして、そのために「あいさつ」はあると言います。あいさつから始まって、あいさつで終わるという人生を築くことが大切だというのです。中沢氏によれば、挨拶は「幸せ」(心地よさ)をつくります。その心地よさを知っている人が、率先して地域の人々に広めていくことを提唱します。「まず、お隣の人に挨拶をして、笑顔の働きかけをしてみましょう」と呼びかけています。


 この中沢氏の呼びかけには、わたしは大いに共感しました。およそ、人間関係を考えるうえで挨拶ほど大切なものはありません。「こんにちは」や「はじめまして」の挨拶によって、初対面の人にも心を開きます。

 

 沖縄では「めんそーれ」という古くからの挨拶言葉が今でも使われています。この「めんそーれ」という挨拶は「かなみ」と言われるそうです。これは挨拶が人間関係の要(かなめ)であることを意味します。挨拶が上手な人を「かなみぞうじ」といい、「かなみかきゆん」は「挨拶を欠かさない」「義理を欠かさない」という意味だそうです。まさしく挨拶は人間関係の要なのですね。孤独死の防止においても、挨拶が重要な役割を果たすのは当然だと思います。


 そして、日夜、孤独死について考え続ける中沢氏の思索は当然ながら「死生観」というものに行き着きます。人間の死亡率は100%であり、「死」は「生」のカガミです。中沢氏は、「『死』について、私たち人間は選ぶことができないということがわかってきました。しかし、『生きる』ことは、自ら選ぶことができるのです」と述べています。

 

 わたしは、つねづね「死は最大の平等である」と語っているのですが、中沢氏は本来平等ではない「生」にいかに平等の光を当てていくかを考えているのかもしれません。氏は、次のように述べます。

 

 「貧しい人たちや、障害をもっている人、あるいは、今のままでいたら『孤独死予備軍』になりそうな人など、そういった人たちをどうやって地域で支え合っていくのでしょうか。これが、『地域福祉』の原点だと気付かされました。」


 わたしは、7月27日(火)に中沢氏と対談させていただきます。(社)全日本冠婚葬祭互助協会の総会イベントとして開催されるトーク・イベントです。タイトルは「孤独死に学ぶ互助会の使命とは~進化する冠婚葬祭互助会の未来像」ですが、けっして互助会の企業戦略あるいは業界戦略として「孤独死」の問題を取り上げる気などありません。「孤独死」のような厳粛な問題に、けっして営利目的で近づいてはなりません。

 

 この無縁社会の中における互助会の使命とは何か、「孤独死予備軍」になりそうな方々に互助会は何ができるのか、そんな根本的な問題を考える一つの入口として「孤独死」があるのではないかと思っています。