No.0069 民俗学・人類学 『先祖を知れば未来が見える』 男澤惠一著(健仁舎)

2010.05.12

 『先祖を知れば未来が見える』男澤惠一著(健仁舎)を読みました。「家系図に秘められた謎に迫る」というサブタイトルがついています。

 著者は、日本家系調査会の代表です。次回作『先祖とくらす』の加筆のために「先祖」に関する本を固め読みしているのです。

 失礼ながら、この本のタイトルや装丁、それに著者の肩書きから、「先祖を祀らないと家運が傾く」的なスピリチュアルっぽい内容を予想していたのですが、読んでみると、しっかりとした理論構成で、非常に説得力がありました。

 第1章の冒頭に、いきなりアーノルド・トインビーが登場して、驚きました。トインビーは「20世紀最大の歴史家」と呼ばれた人物ですが、「歴史は、人類が歴史から何も学んでいないことを証明している」との言葉を残しました。大著『歴史の研究』を書くために、膨大な資料を読んで歴史学の研究を続けましたが、その結論はたいへん残念なものでした。

 つまり、歴史を振り返っても、人類はそこから何の教訓もつかむことができなかったというのです。その証拠に、人類は未だに「戦争」という悪癖をやめることができません。

 「歴史は、そこに過去を映し、未来を照らす鏡」であると言われます。著者は、人類は歴史の教訓を生かせなくても、個人ならそれが可能だといいます。すなわち、家系図というものが、「過去を映し、未来を照らす鏡」となるというのです。

 著者によれば、家系図は最も身近な、わが家の歴史であり人生の教科書だそうです。家系を通して、先祖の歩んできた道を振り返り、未来を生きるための知恵を学ぶことができます。その学び方には二つの見方があり、一つは、先祖と同じ失敗を繰り返してはならないという「教訓史観」的な見方です。

 もう一つは、多くの先祖たちが過去に積み重ねてきた土台の上に自分は立っているという見方です。つまり、先祖を反面教師として悪い部分の繰り返しを避けるとともに、先祖の功績や功労に感謝して、自分も頑張ろうと努力することが大切なのです。

 祖父母や両親の病歴について健康診断などでも聞かれるように、身体の遺伝という面では、先祖の影響は大きなものがあります。しかし、さらにそれよりも本質的な観点があるとして、著者は次のように述べます。

 「先祖の職業や社会的位置、さらに生き様を知って、立派に生きた先祖の存在を実感したとき、自分の自尊心が温められることがあります。人生に行き詰まったり悩んだりしたときに自分の過去を振り返ることが、未来への安心感となるのと同様に、先祖の足跡を振り返ることは、自分の自信や確信、あるいは希望につながっていくことでしょう。自信を失ったとき、人生に行き詰まったとき、人生の節目を感じたとき、そんなときには先祖を知ることこそ、心の癒しにつながるのです」

 先祖を知ることによって、心が癒されることを「ルーツヒーリング」というそうです。世界で最も家系図を大事にする民族は、イスラエル人と韓国人だとされています。『旧約聖書』には、原初のアダムとイヴからの系図が詳しく書かれています。

 また、韓国の人々は族譜(家系図)を命の次に大事にします。韓国では、長男が本家として先祖を祀りますが、何代か前の先祖に祭祀をする子孫がいない場合は、二男や三男がその先祖を祀るそうです。すなわち韓国とは、すべての先祖が祀られ、無縁仏がまったく存在しない国なのです!これも、族譜というものを大事にしてきた結果でしょう。

 韓国では、多くの人々が幼い頃から、族譜の話を祖父母から聞かされて育ちます。もし、一族の中で犯罪者が出れば、その人物は族譜から外されてしまいます。何十代も続いている家系図を日頃から見ていると、家系から外されることに対して大きな恐怖感や孤独感を感じるでしょう。

 また、家系における自分の責任を痛感するため、悪いことができなくなるでしょう。凶悪犯罪が相次ぐ日本でも、見習いたい精神文化ですね。つまるところ、わたしは家系図とは、人間の心を癒したり、犯罪を抑止したりする一種の「文化装置」の一面があると思いました。

 日本でも家系図を作成しようとする人は多くなってきているようですが、それにはまず戸籍調査からはじめます。最近の市町村合併の進行に伴い、わたしたちが知らないうちに「除籍謄本」や「原戸籍」が処分されているそうです。時間とともに曽祖父母も高祖父母も消されてしまうのです。そうなると例外なく永遠に先祖がわからなくなるわけですね。これは、わたしも知りませんでした。

 自分の家系を知りたい方、家系図に興味のある方は、ぜひ一読をおすすめします。

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