No.0084 マーケティング・イノベーション 『顧客革命 3人の旅人たち』 谷口正和(ライフデザインブックス)

2010.05.31

 谷口正和氏から送っていただいた著書『顧客革命 3人の旅人たち』(ライフデザインブックス)を読みました。谷口氏は、わが国を代表するマーケティング・コンサルタントで、株式会社ジャパンライフデザインシステムズの代表取締役社長です。東急エージェンシーのご出身で、わたしの先輩でもあります。また現在は、立命館大学大学院経営管理研究科教授、東京都市大学都市生活学部客員教授も務めておられます。

 本書の「はじめに」で著者は次のように述べています。

 「まず一番大事なことは、この時代の転換期の中で、われわれが最も戻るべき場所は何かということである。それは『原則への回帰』ということである。原則回帰の中で最も重要なビジネス上の課題は何かというと、その答えは『顧客自身に帰る』ということである。」

 その顧客は3人の旅人となって現れます。すなわち、世界中からホームグラウンドへ帰ってきた旅人「ホームグラウンド・カスタマー」。情報ネットワークの中の旅人「メディア・カスタマー」。そして、ニュースや興味によって世界中から日本を訪れる旅人「ツーリスト・カスタマー」。一人の顧客の中にも、この「3人の旅人」がいるのです。

 著者は、あらゆるビジネスにたずさわる者は、目の前にいる顧客をじっくり観察し、声を聞き、研究し、分析しなければならないと説きます。そうすることによって、初めて新しい顧客はわれわれの前に現れるというのです。

 本書は全篇にわたって刺激的なコンセプトが満載ですが、わたしが最も強く興味を引かれたのは「交流社会の到来」でした。趣味とかホビーといった一般的レベルを超えて、生活者はより掘り下げたライフスタイルを求めます。そこに他者との深い交流を生んでいるわけですが、これらの交流を一言でいえば「パーティ」という概念で整理できると、著者は述べます。

 あらゆる生活局面で、パーティが頻繁に発生する時代だというのです。著者は、次のように語ります。

 「求められるのはパーティ・プロデュース力である。交流社会におけるキーパーソンは、テーマを設定し、コンテンツを決め、それを仲間、あるいは一般に告知し、人を集める能力なのだ。このプロデューサーがいないとパーティの時代は前へ進まない。ネットワークの結節点、あるいはネットワーク・オブ・ネットワークとでもいうべきネットワーク同士の結節点に、パーティ・プロデューサー、パーティ・プランナーの存在が求められるである。」

 今まさに高度情報社会ですが、そこに求められるのはITプロデューサーではなく、パーティ・プロデューサーであるというのです。そして著者は、交流社会におけるパーティの具体例として、「合コン」をあげます。

 それもギャラリーで開催するアート型合コン、日帰りキャンプやダイビングなどのアウトドア型合コン、日本酒を楽しむ利き酒合コン、パワースポット合コン、お料理合コンなどの各人の趣味に合わせた合コンを提案するのです。

 なるほど、現在の日本において「無縁社会」が大きな問題となっていますが、これを乗り越える方策として、わが社では「隣人祭り」や「婚活」を目的とした大規模な合コンのお手伝いをさせていただいていますが、これらも「パーティ」の一種なわけです。

 「パーティ」とは何かといったら「人が集まる」ことです。人が集まれば、そこには各種の「縁」が生まれ、「有縁社会」が発生するわけですね。そして、人を集める最大の要素こそ「趣味」であり、人と人とが結びつく最大の要素は「共通の趣味」です。著者は、次のように述べています。

 「共通の趣味くらい、人を心理的に結びつけるものはない。パーティの時代に、テーマ設定が重要なポイントになる理由の一つがこれである。大きな場の設定よりも、小さくてもテーマ力が高いパーティの小口回数化、つまり頻度と回数が何よりも重要なのだ。今始まっているコミュニティの時代においても、人が自ら集まるパーティの設定は、共同体活性の最大の力になるだろう。」

 この著者の指摘は、まったく同感です。人間は趣味によって、かけがえのない仲間を得ることができます。これまで人々のコミュ二ティの中核をなしてきたのは親族、地域社会、学校、職場などでした。それらを「縁」という視点で見ると、「血縁」「地縁」「学縁」「職縁」となります。

 しかし今後は文化・スポーツなど趣味をともにする同好の人々からなる「好縁」、さらには道としての文化で人間的完成を求め、ボランティアやNPO活動で社会への貢献をめざす人々の「道縁」が中心になると思われます。

 わが社は冠婚葬祭業を営んでいますが、結婚式にしろ葬儀にしろ、人の縁がなければ成り立たない商売です。わたしは常々、この仕事にインフラがあるとしたら、それは人の縁に他ならないと広言しています。ですから、マーケティングにおいても、「縁」を中心として戦略を立て、展開しています。

 「血縁」には冠婚葬祭、「地縁」には隣人祭り、「学縁」には同窓会、「職縁」には職場同窓会、そして「好縁」や「道縁」には各種のパーティ・・・・・「縁」が生まれる場とは、人が集まる場であることに変わりはありません。

 ITばかり進歩するばかりでは人間の心は悲鳴をあげてしまう、未来とは人間同士の交流がある社会でなければならない。それが、ハートフル・ソサエティです。本書には、自分がふだん考えていることがそのまま書かれており、意を強くしました。

 さて、わたしが大学生の頃に、谷口氏の『第三の感性』という本が出ました。分厚い本でしたが、活字が大きくて読みやすく、「コンセプト」という考え方に衝撃を受けたのを記憶しています。東急エージェンシーに入社したのも、谷口氏への憧れが心の底にありました。

 わたしがプランナーの道を歩みはじめてからも、『ザ・貴族』とか『大観光時代』とか『幸福への階段』など、刺激に富んだマーケティングの本を次々に世に問われ、わたしはそれらの本を片っ端から読んでいきました。

 たしか、わたしが経営していたハートピア計画のプランナーだった東野和範君がエピック・ソニーから出ているカセットブックの仕事をしていたことから、谷口氏のカセットブック「コンセプトの未来」の収録にお邪魔したのが最初の出会いでした。この「コンセプトの未来」は、中谷彰宏氏などにも多大な影響を与えたそうです。収録後に谷口氏にご挨拶して雑談したとき、ちょうど、葬儀の話題が出ました。そのとき、谷口氏は「われわれは死を未来として生きている存在です」とおっしゃったのです。その言葉は、わたしに大いなるインスピレーションを与えてくれました。

 その後、拙著『遊びの神話』がPHPから文庫化されたとき、谷口氏は解説を書いて下さいました。1991年6月のことでしたが、その解説では、わたしのことを次のように書いて下さいました。

 「人生なにゆえに楽しいか、幸福か。モノの豊かさをすでに通過してしまった氏の役割は、大きく到来しつつあるマインド・マーケティング時代の水先案内人であるのかもしれない。」

 そして最後に、こう締め括られています。

 「本書の中に私は二十一世紀を爪先立ってみる少年の姿を見た。」

 憧れの人からこんなことを言われて、当時のわたしがどれだけ嬉しかったか、想像がつくでしょうか?それは、もう「光栄の至り」とはこのことでした。

 わたしが社長になって執筆を再会してからも、谷口氏は不肖の後輩を何かと気遣って下さいました。PHP文庫の解説を書いていただいてから実に15年後の2006年6月には、大阪で開催された「スクランブルクラブ大阪・スクーリング」の講師としてお招きいただきました。そこで同会の主宰者である株式会社アリミノの田尾兵二会長ともお会いすることができました。

 また、わたしが著書をお送りすると、必ずといっていいほど谷口氏のブログ「発想の画帖」で紹介して下さいます。つい最近も、5月25日のブログで『葬式は必要!』(双葉新書)と『また会えるから』(現代書林)を紹介していただきました。谷口氏もあいかわらずの健筆ぶりで、次々に上梓されるご著書を送って下さいます。

 谷口正和さん、いつも、本当にありがとうございます。そして、これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

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