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親鸞(上下巻)』

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 No.0036

 

 親鸞(上下巻)』五木寛之著(講談社)を読みました。

 この小説は、2008年9月より2009年8月までの1年間、全国の主要地方紙で連載され、2010年1月1日に単行本が刊行されました。

 宗教哲学者の鎌田東二さんが、毎月交わしている「ムーンサルトレター第55信」において絶賛していましたので、興味を引かれて読んだのです。

 また、新時代の宗教小説として注目を集めている村上春樹著『1Q84』(新潮社)のBOOK3の刊行が近いとあって、読み比べてみたいという思いもありました。

 かたや日本最大の教団(本願寺教団=浄土真宗)の物語、こなた明らかにオウム真理教をモデルとしたカルト教団の物語。 かたや国民的作家・五木寛之。こなた世界的作家・村上春樹。 ご両人とも、その筆力は当代一を争います。

 どちらの作品が宗教の本質をとらえるのか。ワクワクしながら読み始めました。

 結論から言いますと、上巻こそ、小学生時代に夢中になって読んだ大佛次郎の『ゆうれい船』を思わせる、少年向け歴史小説のような筆致で読みやすかったのですが、下巻になると読み進めるのがしんどくなってきました。

 その原因は、ひとつに、主人公の名前が変わりすぎることがあると思います。範宴、綽空、善信、そして親鸞・・・・・もちろん歴史上の事実ですから仕方ないといえばそれまでですが、なんとも読みにくく感じました。

 浄土真宗の関係者や仏教に関心が深い人なら、こういった一連の改名は常識かもしれません。でも一般読者を想定した場合、これは人物表が必要な本だと思いました。見ると、帯の裏に「主な登場人物」が掲載されています。

 でも、わたしのようにカバーもろとも帯を外して読書する人間にとっては、やはり本の巻頭か、もしくは栞として人物表を付けてほしかったです。

 とはいえ、浄土真宗の祖である親鸞の青年時代を生き生きと描いた小説であるとは感じました。

 まず、世間でさげすまれている者たち、都の闇にうごめく影のような男女たち、たとえば牛飼い、車借、馬借、辻芸人、傀儡(くぐつ)、行商人、遊び女、神人、博奕(ばくち)の徒、さらには盗人や、流れ者、主のいない侍など、彼らは若き日の親鸞を仲間扱いし、彼を慕ってゆく姿が描かれています。

 そして、社会の底辺で暮らす人々と交わった若き親鸞は、比叡山で修行を治め、法然の教えに強く心を惹かれます。法然の教えは時代の常識を打ち破る過激なものでした。そこには新時代を呼び込む力がありました。

 鎌田さんも「ムーンサルトレター第55信」でも引用していますが、五木氏は以下のように書いています。

 「真実の言葉を語れば、かならず周囲の古い世界と摩擦をおこすものです。できあがった体制や権威は、そんな新しい考えかたや言動に不安をおぼえることでしょう。おそれながら、上人さまの説かれることの一つ一つが鋭い矢のように彼らの胸に突き刺さり、肉をえぐるのです。ことに上人さまがつねづねいわれる選択ということは、骨から肉をけずりとるように、これまでの仏法の権威を否定する教えです。わが国の仏法は、異国から伝わってくる教えや知識を、必死でとり入れ、つけくわえ、つけくわえして大きく豊かに花開いた世界です。ところが、上人さまは、それらの教えや、修行や、教説を一つ一つ捨てていこうとなさっておられます。知識も捨てる。学問も捨てる。難行苦行も、加持祈祷も、女人の穢れも、十悪五逆の悪の報いも、物忌みも、戒律も、なにもかも捨てさって、あとにのこるただ一つのものが念仏である、と説かれております。これまでそのような厳しい道にふみこまれたかたは、だれ一人としておられません。それが真実だからこそ危ういのです。危うければ真実だと、わたくしは思いました。」

 「上人さま」というのは法然のことです。

 さらに親鸞は、悪人さえもが往生できるという「悪人正機説」を唱え、師である法然より急進的な教えを説きました。 それは、念仏を唱えることは揺るぎない信頼と阿弥陀への感謝の念に他ならず、念仏だけが救われる唯一の方法であると主張し、ついには浄土真宗を開いたのです。

 その後、8代目の教主として蓮如が現れ、組織づくりにおいて天才ぶりを発揮しました。こうして本願寺教団とも呼ばれる浄土真宗は大成功を収めたのです。

 今日の日本で、浄土真宗は、仏教のあらゆる宗派の中で、約1500万人という最も多くの信者を抱えています。 本書で興味深かったのは、聖徳太子を深く尊敬する親鸞の「こころ」を見事に描いている部分です。

 いわゆる仏教の開祖は釈迦ことゴータマ・ブッダですが、日本仏教の開祖は聖徳太子であるとされています。

 その見方を確立した人物こそ親鸞その人です。

 親鸞は、とにかく聖徳太子を尊敬していました。古代日本に異国から伝わった仏教は、多くの文化や文明を連れてきました。

 たとえば天文の学、建築工芸の技法、地理、算術、音楽、本草の学、医方の術、歴史、養生法、呼吸法、人の心の奥をきわめる学、美しい詩文、衣服の作法、航海術、鍛冶や石工の技術、料理の法などなど。 聖徳太子はそれらすべての知識に通じていました。

 しかも深く仏道に帰依し、多くの法制をととのえ、寺院を建立しました。しかし、若き親鸞は、比叡山の行者である法螺坊の激しい言葉に衝撃を受けるのです。それは、こんな言葉でした。

 「しかし、われら下々の者たちが太子を慕うのは、そのような立派な業績をのこされたからではない。四天王寺を建てられたとき、みずから尺をもち、工事の現場で大工たちに建築の技を教えてくださったのだ。石工や鍛冶といえば、河原者とおなじく卑しまれたこともあったのに、太子は身分をこえ、先輩として手をとって指導なさった。職人や、聖や、道々の者たちが太子を慕うのは、そのゆえじゃ。船乗りや船頭たちに、風を見、星に方位を知ることを教えられたのもそうじゃ。仏の道とともに、われらに生きるすべを教えてくださったかただからじゃ。異国からやってきた人びととも、親しくまじわられた。」

 この法螺坊の言葉に託して、五木氏は理想の宗教者の姿を語っているように思えてなりません。まさに親鸞は、この聖徳太子のような聖人をめざして生きるのです。

 ちなみに、比叡の山で法螺貝を吹くこの法螺坊という男、明らかに鎌田東二さんをモデルとしていますね。鎌田さんは法螺吹きとして知られ、現に3日前の朝も天河の民宿で鎌田さんの法螺の音で目を覚まさせられました。(笑)

 また、五木氏の著者『霊の発見』(平凡社)では鎌田さんを対話者として迎えています。お二人は親しい仲なのです。

 それはともかく、晩年の親鸞が「皇太子聖徳奉讃」をはじめ、3種類の聖徳太子和讃をつくっていたことはよく知られています。

 まさに親鸞は、太子を「和国の教主」として、日本仏教の開祖の位置にまで高めたのです。また、父母のごとき慈悲を持つ救世観音の示現としてたたえています。同時代の明恵も、叡尊も、やはり「太子和讃」で聖徳太子の功績をたたえていますが、彼らは、いずれも聖徳太子を救世観音菩薩の化身・示現として尊崇していました。

 とりわけ、親鸞の聖徳太子に対するリスペクトの深さはただごとではありませんでした。

 親鸞は、叡山仏教の腐敗に腹を立て、どう生きるべきかに悩んでいました。 そして、京都の六角堂にこもった末、二度までも六角堂の本尊である救世観音のお告げを聞いたといいます。

 親鸞は、憧れの対象である聖徳太子のように生きようとしたのだと思います。 本書を読んで、ブッダから聖徳太子へ、さらには親鸞に受け継がれたのは、「平等」という仏教の根本精神であると思いました。

 そして、わたしは「死は最大の平等である」を口癖とし、そのセレモニーである葬儀も平等に執り行われるべきであると確信しています。


 現在の日本仏教は「葬式仏教」などと揶揄され、「葬式無用論」までが登場する状況ですが、あらゆる人にとって「死」は平等に訪れ、「葬」は平等に提供されるべきであるということを忘れてはならないと思います。

 そのことを一番わかっていた人物こそ親鸞であるような気がします。

 最後に、本書は上下二巻となっていますが、やはり晩年の親鸞を描いていないので、消化不良を感じてしまいます。できれば、『1Q84』のようにもう一冊追加してほしいですね。そこで、「聖人」としての親鸞の物語を読みたいと思いました。