No.0025 メディア・IT 『書物の変』 港千尋著(せりか書房)

2010.03.19

 書物の変―グーグルベルグの時代』港千尋著(せりか書房)を読みました。
 グーテンベルクからグーグルへ。

 まさに、この本のサブタイトルは「グーグルベルグの時代」となっています。

 著者は、本書の冒頭に次のように書いています。

 「グーグルによる書籍の電子データ化や、アマゾン・ドット・コムによる電子書籍端末『キンドル』の発売がはじまり、書籍の世界に大きな変化が起きようとしている。特にGoogleブック検索については米国内をはじめ欧州各国からも異論が噴出し、もはや一企業による文化産業という枠をはるかに超えて、政治問題化する気配すらある。」

 「キンドル」というのは電気的に画面を書き換える電子ペーパーで、書籍のみならず新聞や雑誌の命運をも握っていると言われます。

 キンドルには厚めの小説でも簡単に取り込めます。それも1500冊も保存できるのです。 音楽データを簡単に取り込む「i-Pod」の書籍版ですね。

 書店と読者が直接、しかも24時間つながることができるわけです。しかも、自分専用の携帯書庫にもなるという夢のような話です。

 ここで、著者は興味深いエピソードを紹介します。

 2009年の夏、ある米国人ユーザーの元にアマゾン・ドット・コムから「代金を返金する」というメールが届きました。その直後、その人物が使っていたキンドルから購入していた小説が忽然と消えたというのです。

 理由は、ある著作を著作切れしていると勘違いしていた会社のミスによるものでした。それが判明した時点で、同社の電子書籍サイトから問題の著作が削除されました。同時に、ユーザーが所持するキンドルの内部に保存されていたデータも同時に削除されたというのです。その著作とは、ジョージ・オーウェルの『1984』でした。

 村上春樹氏の大ベストセラー『1Q84』(新潮社)のモチーフとなった作品ですね。 超管理社会の不気味さを描いた「未来」小説として知られる『1984』のデータが瞬時にして削除されたという話題性から、この小さなニュースが世界中で注目されたのです。

 著者は、そこで使われる言葉や言説に興味を持ちました。 持っている本を一方的に削除された人は「読者」ではなく、「ユーザー」と呼ばれます。

 本を返品するのは、ふつうは「読者」ですが、電子書籍の場合は「端末のユーザー」です。その誰かが購入した本が一方的に削除されるというのは不気味です。まさに、ジョージ・オーウェルが描いた超管理社会の悪夢を連想します。

 これを巨大企業による資本主義的管理の一例として批判することもできるでしょう。しかし、著者は次のように述べます。

 「だが、それ以前にこの『ユーザー』は、オーウェルの著作を『持っていた』と言えるのだろうか。さらに言えば一方的に削除されるような本は、はたして『本』なのだろうか。仮にそうと認めたとしても、それはモノとしての本ではなく、あえて言えば『状態』としての本であろう。電子ペーパーによって表示されている状態では手の中にあるが、ひとたびサーバーから削除されれば存在しない。その場合、はたして読書とは、本の「」ユーザーとしての経験だろうか。仮にすべての本を電子書籍端末で読むことになる時代に、ユーザーはそれ以前の読者とは、どう違うのだろうか。」

 この疑問から、著者はグーテンベルクからグーグルに至る歴史を辿りつつ、人間の想像力と技術の未来を探求していきます。書物は、現在進行している高度情報化によって、「第二のグーテンベルク革命」とも呼ぶべき変化の真っ只中にあります。世界中の代表的図書館は蔵書の電子化を行っていますし、これを逐次インターネット上で公開しています。

 世界に数冊しかないような貴重な本も自宅で読める時代。 それはもう図書館におけるサービの進化といったようなレベルを超えています。 いわば、わたしたちが生きる時代そのものが図書館化しつつあると、著者は言います。「検索」という「特殊図書館的」システムに社会全体が依存している現在、いまでは「検索」そのものが検索されモニタリングされているというのです。

 すなわち、社会全体がメタ図書館化しているわけです。それでも、著者は図書館に限りない愛を寄せ、次のように書きます。

 「図書館にはなぜか懐かしさがある。いろんな土地で図書館のお世話になってきた、ひとりの利用者にすぎないのに、そこがまるで故郷であるかのような、個々の施設を超えた、図書館という国がどこかにあるようにすら感じることがある。」

 図書館という国!! なんとロマンティックで素敵な言葉でしょうか! その国は、わたしが『あらゆる本が面白く読める方法』(三五館)で述べた「こころの王国」の別名かもしれません。わたしは図書館という国に住みたい。心から、そう思いました。

 最後に、次の著者の言葉が、わたしの心に残りました。 「世界は複雑であり、人生には検索できないことがますます多い。探しもとめている答えが、偶然となりに座った人が開いたページのなかに書かれていることも、ないではない。」

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