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これが漱石だ。』

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No.0008

 

 『これが漱石だ。』佐藤泰正著(櫻の森通信社)を読みました。著者は、漱石研究の第一人者です。
 文豪・夏目漱石は1916年に亡くなりました。翌年の1917年に生まれた佐藤氏が、24時間語り下ろした「漱石ライブ」。それが本書です。

 漱石は、わたしの大好きな作家です。中学生の頃から漱石の作品を愛読してきましたが、一昨年、すべての小説を再読しました。そのとき、わたしは「人間関係」についての本を書いていました。

 わたしは、現代人の最大の問題は「人間関係」であると思っています。会社員の退職理由も自殺の原因も、まずは「人間関係の悩み」があります。

 かつて漱石は、『草枕』の冒頭で「人の世は住みにくい」と書きました。その住みにくい世を住みやすくする最大の鍵こそ、「人間関係」にあります。

 漱石は、福沢諭吉の「脱亜入欧」に代表される明治の西欧化の中で儒学の伝統を守り、日本人の「こころ」を見つめて、良き人間関係を築く方法を模索しました。

 わたしは、日本人の「人間関係」について考えるには、漱石の小説が最大のテキストになると思ったのです。 漱石作品を再読して、わかったことはたくさんあります。

 まず、『吾輩は猫である』が人間という生き物の面白さを描いていること。
 『坊ちゃん』は究極の人間関係小説であり、『草枕』には人間関係を良くするための芸術が表現されています。
 『三四郎』は恋愛に至る人間関係を描き、『それから』は「不倫とは何か」を問います。
 『門』では、「世間とは何か」を残酷なまでに問います。
 『彼岸過迄』は親子の関係を、『行人』は兄弟と夫婦の関係を究明する作品です。
 『こころ』は師弟関係と友情について極限まで考察します。
 『道草』は「家庭とは何か」を追求します。
 そして、遺作の『明暗』は「人間関係のおそろしさ」を描こうとしたように思えます。

 このように見ると、漱石はけっこう重い作家なのです。 ベストセラーのタイトルではありませんが、「悩む力」を持っていたのですね。でも、本書『これが漱石だ。』を読むと、漱石が軽やかな作家に思えてきます。

 佐藤氏は、漱石の文体を流れるような文体だとされています。
 それは書き言葉というよりも「語り」の文体だというのです。だいたい文学というか、人間の言葉で生み出されたものの、一番の本体とは何か。

 それは、言葉で相手に語るということです。面白い話、深刻な話、いずれにしても語るのです。

 佐藤氏は、漱石の文学の根本にあるものは「語り」だといいます。

 『吾輩は猫である』は猫の「語り」であり、『坊ちゃん』は坊ちゃんの「語り」であり、『草枕』は余という絵描きの「語り」なのです。

 だから、のびのびするというのです。 芥川龍之介のように一字一句原稿用紙にペンで埋めていくようなことをするとヘトヘトになる。漱石は、テンションが上がってくると、その語りで一気に語っていくのです。

 「語り」とは近代小説の一番根本にあるもの、そう佐藤さんは見ています。そして本書にも、講義の名手である佐藤氏の「語り」が炸裂しています。

 推薦文を寄せている文芸評論家の加藤典洋氏は、本書について「漱石研究の生き字引である人にして、はじめて叶う精妙な語り口」と書いています。

 本書は、当年とって92歳の佐藤泰正氏による、漱石の入門書にして、漱石研究の集大成なのです。 まさに、「これが漱石だ!」と思わせられる本でした。